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終わりよければ全て良し

終わりよければ全て良し、といわれる。
「物事は発端や過程よりも、最後の締めくくりが大切である」「物事は結末さえよければ、その過程がどうであっても問題にならないこと」を意味することわざだ。

もしも途中でトラブルになったり失敗したりしても、最終的に良い結果になれば、その途中に起こったことは問題にならない。心が折れそうになったときに終わりでうまくいくと信じられたら、前向きに物事に対処することが可能だろう。非常にポジティブな言葉だ。

終わりよければ全て良しという言葉の語源は、シェイクスピアが発表した戯曲のタイトル『All’s well that ends well』といわれている。これを和訳したものが、『終わりよければ全て良し』だ。

この戯曲では、貧しい医者の娘ヘレナが貴族の息子バートラムに恋をする。
ヘレナは国王の病を治してバートラムとの結婚を許されるのだが、彼氏の方が結婚を拒んで逃げてしまう。
ヘレナは知恵と勇気を振り絞ってバートラムの条件をクリアし、最終的に2人は和解するという物語だ。

劇中では、おとぎ話のモチーフがいくつも使われている。
国王の不治の病が、見事に癒される。
ベッドを共にしようとしない夫の子供をはらむという無理難題が、忍耐と知恵によって乗り越えられる。
死んだと思われていた善人が、大団円で蘇った姿を現す。

つじつま合わせのような結末は、能天気な「めでたし、めでたし」にはならない。持参金をたっぷり与えて夫を選べば女は幸せになると楽観していた王でさえ、この劇の結末には「すべて良し、か?(All yet seems well)」と留保をつけている。

ヘレナの希望は叶えられたわけだが、クズちゃんのバートラムと結婚することで幸せになるのか、観る側をはなはだだ疑問にさせる。
一時いっときは砕かれた自分のプライドのためだけに、希望を叶えてしまったのではないか。そうした解釈が、十分可能なのだ。
『終わりよければ全て良し』としておきながら実は「本当にそうなのか?」の疑問符がつく、シェイクスピアの皮肉が効いた作品である。

そうは言っても下記のようなセリフ回し、ツボをついた絶妙なものである。終りよりもヘレナの恋する過程の方が、はるかに「良し」とさえ思えてしまう。

「我々の人生の織物は、良いも悪いもいっしょくたの糸で編み込まれているのだ(The web of our life is of a mingled yarn, good and ill together)」

「天の力なくしてはと思うことであっても、人はやってのけることがある。運命がつかさどる空の下にも、自由に動ける余地はあるはず。それなのに私たち人間が到らないせいで、できることまでも駄目にしてしまっているのだ(Our remedies oft in ourselves do lie,Which we ascribe to heaven. The fated sky Gives us free scope; only doth backward pull Our slow designs when we ourselves are dull)」

やっぱシェイクスピアってのは大したもんだねと感心しながら、「終わりよければ全て良し」を現代に定義された法則に置き換えてみる。
それは、「ピーク・エンドの法則」と呼ばれる。

ピーク・エンドの法則とは、心理学的な側面から見た経験の評価法則になる。
僕たちが過去の経験を振り返ったとき、その全体像よりも「ピーク(最高点または最低点)」と「エンド(終わり)」の感情体験を重視するという法則のことだ。

ある出来事の中で、最も強い感情(ピーク)とその終了時点での感情(エンド)が、全体の評価に大きな影響を及ぼすとされる。
たとえば会議が長時間にわたったとして、最も盛り上がった部分と終了時の印象が、話し合った内容の評価に大きく影響する。
この法則を理解し活用できれば、人々の行動や判断に影響を与えることが、可能になるというわけだ。

ピーク・エンドの法則は、ノーベル経済学賞(2002年)を受賞したダニエル・カーネマン(1934年3月5日 - 2024年3月27日)教授により提唱された。
彼は行動経済学のパイオニアであり、プロスペクト理論を確立したことでも知られている。

この法則が生まれた背景に、彼が行った一つの実験がある。
実験参加者に対し、手を冷たい水に浸すという体験をさせ、その感想を聞くというものだ。
一つ目のシナリオでは、参加者は短時間だけ冷たい水に手をひたした。
二つ目のシナリオでは、同じくらい冷たい水に手を長時間ひたし、その後少しだけ温度を上げた。その結果として、総体験時間が長く、苦痛も総じて多かったはずの二つ目のシナリオの方を、参加者はよりポジティブに評価したのだった。
この実験を通じて、「人は経験全体を均等に評価するのではなく、ピーク(最高点または最低点)とエンド(終了時)の感覚が評価に大きな影響を与える」というピーク・エンドの法則が生まれたわけだ。
(次回に続く)

イラスト Atelier hanami@はなのす



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