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断片

10代、20代の自分を振り返ると、ともかく精神が安定していなかった。
そのままをさらけ出すことはあまりなかったとしても、ともかく内側は荒れ狂っていた。
理不尽を感じる世の中にいつもいきどおりりを持ち、ひたすら自己正当化に呻吟しんぎんした。
今それを言葉にすれば、「自分に自信がなかった」ということに尽きる。

昭和という時代を思い返すつど、平成から令和の移り変わりは、悪しき方向に流れているよう思えてならない。「昔は良かった」は老人の決まり文句かもしれないが、昭和は人間が生活していくのに、ちょうど頃合いのバランスだった気がする。

欲しいものにあふれながら、いつか手に入る希望や見込みがあったから、それをエネルギーに変換し、今日このときを頑張る事が出来た。
時間の流れもゆるやかで、四季の移り変わりははっきりしていたし、すべての商店が閉まる元日など、大きな節目ふしめとなって気持ちをリセット出来た。
1月1日になれば世界は新たに始まるとの感覚を持てたことは、僕にとって大きな救いになった。

消費税などという複雑な間接税がなかったから、100円の商品は100円で買えた。
これは人間の消費行動において極めて健全であり、消費税以降はモノ以外にコストがかかってくるという肌感覚が生まれ、長い時間をかけて精神をむしばんでいくようになる。
生産者と消費者との間に第三者が介在しているという知覚から、日々の生活が「操作されている」ような不快が生じるためだ。

実際に3%(1989年)で始まった消費税は5%(1997年)→8%(2014年)→10%(2019年)と、ひたすら上がるのが「常識」のように推移していく。
当初は社会保障に限定した目的税であると喧伝けんでんが為されたが、実際には一般財源として全ての歳出予算に充てられる、単なる税金に過ぎない。

モノ以外に徴収される目に見えないコストなど、我々には罰金としか思えない。

消費税のなかった昭和という時代にあっても、僕にとっては生きる喜びよりも、苦しみの方がはるかにまさっていた。
とくに中学時代、学校に通うことになんの価値も見出せず、毎日が苦痛でしかない。
登校拒否まではいかなかったが、授業はよくさぼった。3日行かないでいると友人が顔を見せ、出ることを約束しては通い始めるといったことを何度も繰り返す。いま思い返しても、あんなにも無益な場所に多感な10代を詰め込む理由はないと感じている。
中学校とは青少年を育成する場にあらず、むしろはぐくむべき機会を奪う施設だったとしか思えない。

なんて書いていると、単に呪詛じゅそいていると捉えられそうだが、義務教育に最も必要な「自信や誇り」を持たせることと、真逆の空気に満ちていたことを指摘したいに過ぎない。
僕個人の資質が招いた結果ではなく、学校は誰にとっても不利益で、むしろ有害に機能していたとの確信があるためだ。

だから、引きこもる側の心境は自分なりにわかる気がする。
集団生活を続ける中で、自分や、自分が生きている社会に対する誇りが、まるで持てずに過ごすわけだから。

もちろん人間世界には、光があれば至る所に闇がある。
闇に潜むものはいかに目を凝らそうと判然とせず、それでもなお見ようとするほどに、さらなる不安をき立てる。
成長するにつけ、闇は他者から強制されることもなく存在に気づかされるものだ。
その時、光射す場所が必ずあることを感覚として身につけていれば、必要以上に闇を怖れる事もなくなる。

光とは、人としての矜恃きょうじであり、誇りだろう。ここを幼少期から形成していかなければ、闇ばかりを見ようとする不安定な大人になるのは目に見えている。僕自身が、そうだったから。

朝から活動していて夕方に帰宅し、昨晩書きかけたnoteに手を加えてみたのだが、どうもうまくいかない。頭が働かないのだ。
日を改めて、仕切り直すことにしよう。ここまで読んでいただいた皆様には、ごめんなさい。

イラスト Atelier hanami@はなのす



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