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忘れていいの
三つ目、最後のステップとしては「情報を取り出す」。
これを「検索」、または「想起」と呼ぶ。
「検索(想起)」されるということは、情報が脳に保持(貯蔵)されているという証しにもなる。
この時どのような情報を取り出すかは、各々の性格が大きな影響を及ぼすことになる。
心理学者が行ったある実験では、「面倒見がいい」と「おせっかい」など、意味は同じでも、ポジティブな印象のある形容詞とネガティブな印象のある形容詞を複数用意して、被験者に提示した。
結果は、もともとポジティブな性格の持ち主だった場合、「おせっかい」と書かれたカードが提示されたとしても、「面倒見がいい」というカードが提示されたと回答している。
ポジティブな印象を持つ形容詞が「提示されていなかった」にも関わらず、「提示された」と答える傾向にあったのだ。
逆にネガティブな性格の持ち主は、ポジティブな印象のカードが提示されても、ネガティブな印象のカードを提示されたと回答している。
気分が落ち込んでいるときネガティブな記憶が思い出されやすいように、感情と記憶には密接な関係がある。これを「気分状態依存効果」と呼ぶ。
気分状態依存効果とは、特定の気分のときに記憶された情報は、同じ気分のときに思い出しやすいという現象だ。
たとえば僕たちは、かつて悲しんでいたとき聴いた曲を悲しい気分になると思い出したり、むかし幸福感に満たされ見た景色を幸せな気分のとき思い出したりする。無意識にも最初に抱いた印象に、支配されているのだ。
気分状態依存効果と似た表現に「気分一致効果」がある。「気分一致効果」とは、何かを記憶しようとする時の気分とその記憶内容が一致していると、思い出しやすいというものだ。
記憶には様々な分類があるが、何種類の記憶があるかについては研究者により、様々な見解がある。
その中でほぼ異論の余地がないのは「感覚記憶」「作動記憶」「長期記憶」の3つになる。
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もっとも保持時間が短い記憶は、「感覚記憶」と呼ばれる。身体の感覚器が覚えている記憶のことだ。
そのうち、視覚の感覚記憶のことをアイコニック・メモリーといい、保持できる時間は約1秒。聴覚の感覚記憶はエコイック・メモリーといい、保持できる時間は約2秒である。
人は光や音を処理するまで複数の神経細胞を経由するため、0.1秒~0.01秒程度の時間が必要になる。そのとき「感覚記憶」が発動しているのだ。
感覚記憶よりもう少し長い間、情報を保持していられる記憶を「短期記憶」と言う。
短期記憶の保持時間は1分弱ほどと考えられていて、保持できる情報の容量は7±2チャンクと言われている。
チャンクとは、「情報のひとまとまりの単位」だ。
たとえば「システム」という単語を知らない人にとっては、「シ」「ス」「テ」「ム」という4つの文字の羅列に過ぎず、その場合4チャンクとなる。意味を知っている人にとっては、「システム」は1チャンクになるわけだ。
ほとんどの人にとって短期記憶に留めることができる情報は、7±2チャンク(5~9チャンク)であることが知られている。そこで数字の「7」は、心理学用語でマジカルナンバーと呼ばれる。
マジカルナンバーの身近な代表的な例として挙げられるのが、電話番号や郵便番号だ。
郵便番号は、7桁で構成されるランダムな数字の文字列となっている。
電話番号は11ケタ程度と多いが、市外局番を抜きにした場合は7桁程度に収まっている。
たとえば11桁の電話番号を口頭で伝えるとき、一度に伝えると短期記憶の容量をオーバーしてしまうので、相手は覚えることができない。
「市外局番」「市内局番」「加入者番号」の3つに分割すれば短期記憶の容量以下となるため、相手に伝わりやすくなる。携帯番号が3つに分けられているのも同じ理屈だ。
ちなみに短期記憶には、記憶を保持する機能だけでなく、情報を変換したり復唱したりする機能もある。
この機能を「作業記憶(ワーキングメモリー)」と呼ぶ。
作業記憶(ワーキングメモリー)は「理解、学習、推論など認知的課題の遂行中に情報を一時的に保持し操作するための仕組み」などと定義される。
たとえば「しりとり」においては、「しりとり→りくつ→ツララ→ラッパ→パスワード…」というように、2人以上が交互に言葉の最後と最初をつなげていく。
このゲームでは言葉の語彙力も重要だが、もう一つ、「一度出てきた言葉は再度言ってはならない」というルールがある。
これをクリアするには、次々とお互いが発する言葉のすべてを、頭に入れていかなければならない。このときに使われるのが、「作業記憶(ワーキングメモリー)」なのだ。
認知症テストの一つに、「100から順に7を引いた数を言ってください」というものがある。
93、86、79、72、65…と言えれば正解だが、この計算をこなすには、100-7=93を暗算するのに続いて、その答えである93を頭に残しておき、そこからさらに7を引くという暗算をしなければならない。
さらに続けていくには次々と出ててくる答えを忘れずに、頭に残していく必要がある。このときに使われているのも「作業記憶(ワーキングメモリー)」になる。
このように、一連の作業が終わるまで必要になる情報をきちんと頭に残していく仕組みが、「作業記憶(ワーキングメモリー)」なのだ。
なお、短期記憶は数秒から数10秒で消えてしまうが、言葉を実際に声にしてみたり、頭の中で反復したりと「リハーサル」をすることで、以降も保持が可能になる。
このリハーサルには機械的な反復を行う「維持リハーサル」と、長期記憶に定着させやすくする「精緻化リハーサル」がある。
維持リハーサルは単純に繰り返すだけだが、たとえば「1192」という4桁の数字を覚えるとき、リハーサル中に「いい国」と語呂合わせをすると、時間が経過しても思い出しやすくなる。これが「精緻化リハーサル」である。
(次回に続く)
Atelier hanami@はなのす