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満足の裏技

ピーク・エンドの法則は、人々の行動変容を促す可能性を常に秘めている。僕たちが行動するときの動機づけは、いぜん経験した記憶に大きく影響されるからだ。
たとえば、一つのもよおしが全体としてみれば平均的な満足度だったとしても、その中に印象的なピーク(極めて良い体験)や素晴らしいエンド(終結部)があれば、再びその体験を求める行動に繋がる可能性が高い。

消費者が製品やサービスを選ぶ際も、ピーク・エンドの法則は大きな役割を果たす。
優れた最初の印象(ピーク)と最後の接触(エンド)があれば、消費者の心理に再購入やリピートを促すことが予出来る。そのため、効果的なマーケティング戦略やサービス設計において、この法則を活用することは非常に重要である。

ピーク・エンドの法則の実践的じっせんてき活用事例として、以下が挙げられる。

プレゼンテーションにおいてピーク・エンドの法則を活用すれば、聴衆の印象を効果的にコントロールできる。
そのためには、プレゼンテーションの全体構成を計画する。その際、特に印象的な情報や話題(ピーク)、そして最後に伝えるポイント(エンド)を明確に設定しておく。
たとえばそれが製品のプレゼンテーションであれば、「製品の優れた特長」をピークに、「その製品を使うことで得られる具体的なメリット」をエンドに設定するといった具合だ。

ピークとエンドには視覚的な要素やストーリーテリング(人に何かを伝えるとき、「物語=ストーリー」を使って伝える方法)も活用して、さらに印象を深める工夫も有効となる。
視覚的な要素にはグラフや画像、ストーリーテリングには事例紹介やアナロジー(物事の間の特定の点での類似性から、他の点での類似性を推論すること)が効果的だ。

結果が出ないプレゼンの特徴の一つは、聞いていて全く「心が動かない」、つまりピークがないことが原因だ。
終始、「こんなこともできます、あんなこともできます」と、淡々とスライドを読み上げて説明するだけのプレゼンなど、その典型的なものだ。
聞いている側に「欲しい!」「使ってみたい!」という気が全く起きず、感情が動かないので記憶に残らない。

一方でプレゼンが上手い人は、「最も伝えたいことを、相手の記憶にいつまでも残るようにする」瞬間を作っている。しっかり演出を考えているのだ。

例えば2008年1月、Apple が ノートパソコン「MacBook Air」を発表した時、茶封筒ちゃぶうとうの中から取り出してその脅威的な薄さを演出した。
16年も前に実施されたこのプレゼンを、覚えている人も少なくないはずだ。インパクトのある演出は後々のちのちまで人々の記憶に残り、その製品はブランド化されていく。

ピーク・エンドの法則で相手との信頼関係を築くためには、よい第一印象を与えることから始まる。
初めて出会ったときの第一印象でその後の人間関係が決まると言っても、過言ではない。出会う瞬間が1つ目のピークであるため、別れた後の記憶に強く残り、その日の話しやすさや打ち解けやすさにも影響してくる。
だから服装や身なりを整えて清潔感を保ち、気持ちのよい挨拶が大事なのだ。
「人間、見てくれじゃない。中身だ」とは昔から言われるが、けっきょく他人は、見てくれで判断してしまうという事だ。どこぞの「だらし内閣」のままでは、国民の信任など得られるはずもない。

別れ際は出来事のエンドに当たるため、丁寧に接する必要がある。
へりくだれというのではない。逆にあまり下に出過ぎてしまうと、頼りない印象を与えてしまう。丁寧な対応を心掛けながらも、堂々とした態度でいることを心がける。早々に去ってしまうと相手に冷たい印象が残ってしまうので、名残惜しさをかもしだし出して退出するのもポイントになる。

別れ際に感謝の言葉を伝えることも、忘れてはならない。
出来事のエンドで感謝の気持ちを述べると、相手に丁寧な印象を残すことができる。感謝の言葉を日頃から積極的に伝える習慣があれば、なおいい。

商談では受注してもらったときはもちろん、受注されなかったときでも別れ際に、時間をいて話を聞いてもらったことに対する礼を述べる。相手によい印象が残り信頼してもらいやすくなるため、今回は上手くいかなかった場合でも、次の商談以降の受注確度を高めることができる。

顧客の心を動かし、セールストークの「ピーク」と「エンド」を盛り上げる具体的な方法は、以下のとおりだ。

「今回だけ特別に……」「ここだけの話……」といった言い方をされると、誰しも嬉しさやワクワク感を感じるものだ。
今だけですよ、あなただけですよ、という特別感があると、顧客こきゃくは「特別扱いしてもらっている」と感じ、商品や話の内容に対する関心を高めやすくなる。
「お客様だけ、特別に5%引きにしちゃいますね」「今回だけ、特別に裏話を教えちゃいますよ」など、顧客こきゃくが「お得感」を感じるような言い回しを使ってみることだ。

ピーク・エンドの法則の「ピーク(peak=絶頂)」とは別物の、ピーク・テクニックを用いる。ピーク(pique)は「興味をく」という意味の英単語だ。要するに何か「引っ掛かり」になることを言い、相手の興味をかき立てる技術になる。

たとえば、「今なら23%引き!」と言われると、「なぜそんなキリの悪い数字なんだろう」と、相手は気になる。ちょっとした違和感をあえて与えることで、話に食いつきやすくなるのだ。「33秒だけ話を聞いてください」と言って交渉やプレゼンテーションを始めるのも、ツカミとしては有効だ。

心理学の概念に、「勝者の呪縛」というものがある。相手に要求を飲ませることには成功したものの、なぜか不満感が残ってしまう心理のことだ。

たとえば、家電量販店でドライヤーを買おうとする。
気に入った商品の価格は1万円だ。値段交渉をすると、店員はすぐに快諾かいだく。「それなら1,000円引きにさせてもらいます」となった。つまり、交渉には”勝った”ことになる。

ところがこうも容易たやすく値引かれてしまうと、「もともと値引きありきの価格だったのではないか?」「本当はもう少し安くなるのではないか?」などと疑問が残ってしまう。つまり、値引き交渉に成功したという満足感がないのだ。「勝ったのに勝った気がしない」というモヤモヤ感が、勝者の呪縛と呼ばれるものになる。

同じ1,000円引きでも、「30分の交渉の末ようやく勝ち取った1,000円引き」となると、まったく満足感は違うはずだ。店員に対しては「無理を押してまで要望を聞いてくれた」と感じ、感謝の気持ちも一入ひとしおになる。

顧客の要望は何でもすぐに受け入れるのではなく、あえていったん断ったり、渋ったりしてみせることで、かえって満足感をアップできるというわけだ。
ピーク・エンドの法則をほかの心理学の概念と組み合わせると、絶大な効果を発揮する事例になる。

イラスト Atelier hanami@はなのす

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