五味康祐は昭和30年代から40年代、剣豪小説で名をはせた流行作家だ。
ドビュッシーの「西風の見たもの」を聴いて着想・執筆した『喪神』が『新潮』1952年12月号の「同人雑誌推薦新人特集」に掲載され、第28回芥川賞を受賞する。
それまでの五味は空腹を抱え、友人の下宿を訪ねながら、文学で立つ道を模索していた。しかし仕事はなく、小説は全く売れず、友人を頼るにも限度がある。その年の暮れに至って、困窮は極限にまで達していた。
『喪神』は、自身の戦争体験や前衛芸術運動の影響など、さまざまな要素が含まれる「自殺できぬ男」を描いた小説である。
たまたま設定を時代小説としたため、当人が全く意図しない「剣豪小説家」というレッテルを、これ以降は貼られてしまうことになる。
詩歌に憧れ、「優美な、純潔な、時に放埓の姿をともなった生命の流露と流露に伴うかなしみを正しく つづる」(『指さしていふ』)ことを主調とした純文学を志した五味にとって、剣豪小説を書く行為は「売文」以外の何物でもなかった。
五味はゴミ小説(実はめちゃくちゃ面白いのだが)の売文家に甘んじる事と引き換えに、当時最高に高価だったタンノイのオートグラフと、最上に高貴な音楽を手に入れたのである。
(明日に続く、っていうか、どんどん横道に逸れていく)
イラスト Atelier hanami@はなのす