孤独のリッパー
レコードの音源をカセットテープに録音するようになると、途端にいろいろなものが気になり始める。
当時、巷に出回っていたのはC-60(片面30分)で、3本セットで買うと若干安くなる。それでも1,080円。バラだと、TDK D-60やMaxell LN60で、1本450円じゃなかったか。消費税はまだない時代だが、中学生にとって安くはない買い物である。
コストがかかる分、カセットは隅から隅まで音楽で埋めたい。ところがLPレコードの片面は20分前後のものが多く、何とも収まりの悪い長さなのである。
すると時期をほぼ同じくして、世の中にC-46とかC-90とかのタイプが普及し始めた。
京成「大久保」駅から商店街を数分歩くと「イトーミュージック」があって、ここだとC-60以外のセットも買える。ところが、値段が割高なんである。型番もMaxell UDとかで、外装からしてもちょっと高級そうだ。
その分、音質がいいという事なのか。
なかなか買う踏ん切りがつかないうち、ラジオにはAM以外にFMというのがあり、音もレコード並みにいいというのを知る。
本屋に行くと隔週発売のFM情報誌が、3種類もあるではないか。
FM Fan、週刊FM、FMレコパル。
どうやらFM Fanは、洋楽主体のちょっとアダルト向け。週刊FMはニューミュージックを前面に打ち出し、FMレコパルは若年層を意識した作りになっていた。
最初に買ったのは、ポール・アンカ『孤独のペインター』が表紙のFM Fan。
ちなみにこの表紙、アンディ・ウォーホルなんだよな。
バックがJoe Sample、Larry Carlton、Lee Ritenour、Jim Gordon、Herb Alpertとか、やたらと豪華。売れ筋でもないのに、雑誌の表紙にいいLPを選んでいたもんである。
ともかくこの1冊にある記事と番組表を、むさぼり読んだ。
放送されているのはNHK-FMとFM東京の2局で、聴きたい番組は次々と頭に叩き込む(本にチェックをいれるのが出来ない少年だった)。教科書の単語は一切頭に入らないのに、なぜかこうした情報は苦も無く記憶してしまうのである。
この時から、僕のエアチェックが始まった。
さらに世の中には、ビートルズとカーペンターズと映画音楽と歌謡曲以外にも、やたらと知らない音楽があることに気づかされたのである。
ジャズ、フュージョン、クラシック等々、自分で聴きたいとは思わなかったが、繰り返し眺めているだけで「知ってる」ような気分になっていくのであった。音楽を聴くものじゃなく、目で見て愛でるところから入っていったわけだ。
NHK-FMで渋谷陽一がDJをつとめる『ヤングジョッキー』というのが、最新の洋楽を知るのに最適らしい。
時報と共に「こんばんは、渋谷陽一です」
短い挨拶のすぐあと、生々しく攻撃的なギターが鼓膜をつんざいた。
ロンドンの通りが暗闇と霧に包まれる時
恐れおののき ショックに見舞われる事態がおまえを待ち受けている
おまえが俺の存在に気付かず背を向けた時 俺は襲いかかるのだ
ロブ・ハルフォードのシャウトは、もう一撃必殺である。ジューダス・プリーストの2作目『運命の翼』を日本で初めて流したのが、この番組だったろう。本国イギリスにおいても、まだ駆け出しのバンドである。しかも選曲が、『The Ripper』である。
渋谷陽一に関しては毀誉褒貶あるが、この当時の耳の感度は、やはり飛びぬけていたように思う。この日は他にSTARZやREOスピード・ワゴンも紹介されていた。
翌週にはザ・ジャム、ドゥービー・ブラザーズ、キャメルとか。レベル、高かったよなー。
60分番組をC-60で録って、繰り返し聴く。自分の貧乏性にもかない、学校の誰も知らないだろう音に接していること自体に、過剰な自意識は満たされるのであった。
すると次に、30分経ってテープをひっくり返すことに、ものすごい抵抗を覚え始めた。その作業の間も番組は進行していて、貴重な数秒・10数秒が録れない状態になってしまうのである。
そこはメーカーも考えていて、オートリヴァース・デッキというのが発売される。テープが最後までいくと逆回転を始め、操作なしに60分番組が録れる優れものである。
しかしそれでも、リーダーテープと呼ばれる空白の数秒間は録音できていない。トークならまだしも、演奏の途中で切れてしまうのもよろしくない。
そこで次はオープンリール(それもソニーのオートリヴァース!)を買って、ダビング編集するとノイズが増えるからノイズ・リダクションの装置を導入し、音質が気になりだすとデッキをNAKAMICHIに買い替えたりと…。
こうして高校生活が終わるまで、オーディオの泥沼に浸かっていくのであった。っていうか、音楽編集の陥穽に陥ってしまったという事か。
イラスト hanami🛸|ω・)و