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ピークを止めるな

ピーク・エンドの法則の「ピーク」とは、体験中に味わう最大の感情。喜び、驚き、悲しみなど、その感情の種類は問わない。「エンド」は、体験の終わりに生じた感情。良い終わり方をすることで、全体の評価が高まるようになる。

これらの要素が強く記憶に残るため、体験の中で特に印象深い瞬間や結末と一緒に、全体の評価が形成されることになる。つまり、全体の体験が一部の印象によって左右されるのが、ピーク・エンドの法則なのだ。

カーネマン教授は冷水を用いた実験以外にも、2つのテストを行っている。
その一つは、大腸内視鏡検査を受けている2人の患者に、検査の最中に感じた痛みを10段階で評価したもらう実験である(数値が高いほど、痛いことを表している)。

検査時間は、患者Aが8分間、患者Bは24分間。
下の図では、患者Aと患者Bの苦痛のピークは同じ8の目盛りだが、検査にかかった時間は患者Bの方が3倍長い。
つまり苦痛の総量は言うまでもなく、患者Bの方が大きいことになる。

ところが検査がすべて終了した後、検査中に感じた苦痛を全体として振り返って評価してもらったところ、意外なことに患者Aの方がより苦痛だったと記憶していた。
カーネマンらは1990年代に行ったこの実験から、記憶している苦痛はピーク時と終了時の苦痛の平均で評価されること、その際に持続時間や「苦痛の総量」は、ほとんど影響を与えないことを見いだしたわけだ。

2000年の論文では、騒音に対する不快感の変化が調査された。
被験者を2つのグループに分け、最初のグループには不快な騒音を大音量で、8秒間かせる。
もう一方のグループには、最初のグループと同じ騒音を8秒間かせたあと、「いくらかマシな音」をさらに追加で8秒間かせた。
その結果、最後に「マシな騒音」を聞いた2つ目のグループのほうが、1つ目のグループよりも不快度が低かった。
実際は、後者の方がゆるめの苦痛を前者グループに比べて長い時間受けているだけなのに、印象としてはそちらの方が良くなるのだ。

こうした実験から得られた結論は、以下の通りとなる。

・記憶に基づく評価は、ピーク時と終了時の苦痛の平均でほぼ決まる
・不快な経験の持続時間は、苦痛の総量の評価にはほとんど影響を及ぼさない

継続的な苦痛を経験した後で苦痛の程度がわずかに軽減された場合、その経験の全体的な評価が改善されることが立証された。
つまり、同じ期間にわたって一定の苦痛を受けるよりも、その苦痛が後半に少し和らげられると、人々は全体としての経験をより肯定的に捉える傾向があるのだ。

ピークエンドの法則は当初、苦痛に関する実験だったが、現在ではマーケティングやユーザー体験(UX)の設計など、幅広い領域で応用されている。

サービス戦略を策定する際に重要なのは、ユーザーや顧客がサービスや製品を利用する過程で最も強い感情を感じる瞬間(ピーク時)と、利用の終わり(エンド時)に良い感触を残すことだ。
この2つのポイントで印象深い体験を提供できれば、そのサービスや製品はポジティブな経験として記憶されることになる。
たとえ途中で否定的な印象を受けたとしても、それがピーク時や終了時でなければ、全体の評価は下がりづらくなるのだ。

たとえば僕たちが映画を観に行って、おもしろかったかおもしろくなかったかを判断するとき、「クライマックス(ピーク)」と「ラストシーン(エンド)」によって印象が左右される。
たとえ途中まで退屈な内容が続いていたとしても、終盤で大いに盛り上がったり、ラストにどんでん返しが用意されていたりすれば、その映画は充分堪能できたことになるはずだ。

2018年、極めて低予算でありながら大ヒットした『カメラを止めるな!』。前半は安っぽいB級、どころかC級ゾンビ映画と表現するしかなく、なぜそこまで評判になったかが、まるで理解できないはずだ。
ところが後半に用意されているある「仕掛け」によって、話は思ってもいない展開を始め、観る者の視線を釘付けにする。
前半の「退屈」な時間のほうが長いはずなのに、「ピーク」と「エンド」の印象があまりに強く、日本のみならず世界から賞賛を受ける事になった。

大規模テーマパークでも、ピークエンドの法則が巧みに活用されている。それは、アトラクションの「待ち時間」に関する取り組みだ。

ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンを訪れた際、人気アトラクションの前には、2時間や3時間といった長時間の待ち行列ができることが、よくある。そして、長い時間待った末に体験するアトラクションの実際の乗車時間は、たったの5分程度だ。

このような状況下では、待ち時間と楽しむ時間のバランスに落差がありすぎるよう思われる。ちなみに僕なら、絶対並ばない。そもそもディズニーやユニバに行ったこともないが。
ところが多くの訪問者は、提供されるアトラクションに満足し、再び長い列に並んででも体験したいと思うようである。

これをピークエンドの法則にあてはめると、乗車の最後の5分がそのピークであり、エンドに該当することになる。
テーマパーク側はアトラクションの派手な演出と乗り終わった後の高揚感を通じて、訪問者に最高のピーク体験を提供しているのだ。
この理由からテーマパークは、待ち時間を短縮するよりもアトラクション自体の質を高めることに、注力しているというわけだ。
(次回に続く)

イラスト Atelier hanami@はなのす

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