隙間から人生の真中へ
就業支援セミナー2日目は、6人1チームの島(机の固まり)を作り、ワークショップ(参加者が主体的に参加する体験型の講座)形式で進める。
その構成は両脇に社会人が2名、学生ボランティア2名。「参加者」と呼ばれる当事者は、両者に挟まれる形で中央に座る。
僕らのチームは、どちらも10代の男子。片や不登校らしいが、そうとは思えないほど饒舌である。彼の言うことになんでも相づちを打ってくれる「優しい」女子大生と、ひっきりなしに言葉を交わす。他所では味わえない、居心地の良さを感じているんだろう。
自分のことをしたり顔で話すその内容も、まだ少年といった感じで微笑ましい。ただ、自立するまでに乗り越えなければならない高い壁は、今後いくつもありそうだ。
もう一人は首都圏の大学を中退し、静岡の実家に戻ってから3か月ほど、引きこもり状態にあるという元学生クン。
「このままではいけない」と思っていて、10月からは就職活動を始めるという。彼の兄も、彼が通っていた大学も理工系だそうで、会話の内容からして地頭も良さそうだ。
引きこもっていたのは短期間だし、立ち直ればこっちはやっていけそうな雰囲気である。
自己紹介で好きな和食を発表することになり、僕が「お茶漬け」と答えると「付け合わせはやっぱり鮭ですか?」と訊かれる。
「自家製の漬物とか、イカの塩辛とかもいいよねぇ」
すると引きこもりクン2名に女子大生2名、「イカの塩辛、食べたことないです」と口をそろえて驚くべき反応。マジか。
「匂いがー」「見た目がー」って、キミら外国人か。くさやの干物なんて、絶対受けつけんだろうな。
「昔は仕事がら贅沢な和食もいろいろ食べたけど、シンプルな旅館の朝食って格別だよね。朝にひとっ風呂浴びてつく食膳。鯵の干物に、納豆、焼きのり、冷奴。生卵、漬物に味噌汁さえあれば、もう充分幸せって感じだよねぇ」。
これにも皆さん、「旅館って泊まったことありません」。
どっひゃ~。家族旅行で民宿や旅館、行ったことないんかい。ムズカシイ世の中になったもんだぜ。夫婦共稼ぎが常識となり、家族で一泊旅行が物理的に困難になったからか。
僕も、妻や子供たちにとっても、幼少期の家族旅行はそれがどんな安宿であっても、忘れられない思い出になっているもんだが。そうした経験がないまま成長するのを寂しいと思うのは、情緒的に過ぎるかねぇ。
話しは変わるが、同じ机で僕と向かい合うことになった「社会人」が、昨日スキマバイト「タイミー」を発表していた女の子だったんである。
なんて”タイミリー”な。
noteに記したように、スキマバイトは労働者にとって極めて不利で、不安定な形態と思える。
直近の懸案としては、労働災害の取り扱いがどうなっているかだ。勤務中はもちろん、通勤途上であっても、労働者には労働災害が適用される。
ところが「タイミー」のホームページを閲覧しても、労災に関する規約は見当たらない。あくまでこちらは雇用者・被雇用者のマッチング事業であり、雇用契約は各々勝手にどうぞということなのか。
雇用する側も、一定規模の企業であればともかく、単に労働力の不足分を補いたいだけの中小・零細企業であれば、労災保険の強制加入というルールを知らずにいる場合もある。労働者側にその意識や知識がないと、何が起こっても泣き寝入りするしかないはずだ。
厚生年金・雇用保険の対象でないため、スキマバイトで働き続けても、将来の保障は何もない。
「国民年金だけだと、老後きついぞ~」
「国民年金って、月いくらになるんですか?」
「んー、相場で5~6万円ってとこじゃないかなぁ」
「えっ!何にもしないで、そんなに貰えるんですか?」
「…😓」
「アナタ今、両親と暮らしてるでしょ」「はい」
「家賃もかからなければ、水道光熱費も親が払ってるでしょ」「はい」
「もし将来ひとりになったら、そういう経費だけで消えちゃう額だよ」
「あ、そうですよね」
素直に人の話聞くええ子なもんだから、余計でおせっかいなアドバイス、どんどんしてしもうた。多分、確定申告の話をしても通じんかったろうが。
「働きに行った先で、長く勤めないか誘われたことはない?」
「人手不足のところ多いみたいで、何度かあります」
「もし此処ならって思えるところあったら、就職してみるのも手だよ。今の仕事の仕方ならいつでも戻れるんだし、いろんな思いしながらもスキルアップしていった方が、将来役に立つかもしれないしね」
「はい。しばらくこのままやって、自分に自信がついたらそうします」
もうこうなると応援したくて仕方ないアラカン親父は、究極に余計でアナクロなエールを送るのである。
「それでね、働く中でいい人見つけて結婚して、子供を育てるっていう人類にとって最も尊い仕事だって待ってるからね。頑張れ!」
「ハイ」と笑顔で返してきた。彼女の未来に、幸多きことを。
もうこれだけで、2日のセミナーは自分の中ですっきりしたもんなのだが、他所の島ではかなり重度の「コミュ障(コミュニケーション障害)」が数名いたようだ。
こういう泊まり込みセミナーに参加するだけでも、常人からは計り知れない逡巡と決断があったことだろう。コミュ障の人たちを目の当たりにするのは、僕にとって初めてである。
こういう状態のまま生き続けるのは、相当しんどいだろうなぁ。
(次回に続く)
イラスト Atelier hanami@はなのす