焦らして粘るオルガン
ジミー・スミス(Jimmy Smith、1925年12月8日 - 2005年2月8日)のハモンド・オルガンに接したのは、ジャズを聴き始めてだいぶ経ってからのことだ。
音楽環境的に、ゴリゴリに尖った音が好きな連中ばかりのジャズ喫茶にいたので、かなり偏った聴き方になっていたのは間違いない。
「今日はチャーリー・パーカーdayだ」なんて決めちゃって、SavoyやらDialやらをひたすらかけ続けるという、地獄のような修練の日々を送っていた。
ECMなんて軟弱なレーベルは聴かんもんねーみたいな雰囲気があったから、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの『People In Sorrow』は店で聴いて、自分で買ったECM『Full Force』は家で聴くみたいな、ヘンな事をしていた。ちなみに今聴いても、どちらもとてつもなくスゴい演奏である。
この店で「一日一善、エリック・ドルフィー」は当然の如くで、コルトレーンだと年に1度もかけんで平気なのに、ドルフィーが鳴らない日はほとんど無かったんじゃなかろうか。
彼のアルバムにあっては地味な存在の『The Eric Dolphy Memorial Album』も、お気に入りの一枚だった。たまたま日本盤に入っていた解説書に、ドルフィー自身の言葉がある。日本盤は音が悪く(今だと評価はだいぶ違うようだが)新しく入れる際は敬遠していたものの、盤によって解説の濃さはなかなかのものだった。これなんか、JJおじさんの訳だ。
1曲目『Jitterbug Waltz』。ドルフィーのフルートにウディ・ショウのトランペット、ボビー・ハッチャーソンのヴィブラフォンという珍しい顔合わせ。いつになく軽快で心弾む、馬の嘶きとはまた趣の異なる聴きごたえある演奏が聴ける。なんたって作曲者は、ファッツ・ウォーラーだもんね。
ええなええなー、ジャズってえーなーって、レコードかけるたび思ってた。
ファッツ・ウォーラー(1904年5月21日 - 1943年12月15日)はハーレム・ストライド・スタイル(ラグタイム奏者から生まれたジャズピアノのスタイル)において、現代のジャズピアノの基礎を築いた人だ。
同時にオルガニストとしても名を馳せ、1920年代にパイプオルガンのソロレコードを録音している。これはシンコペーション(本来の拍子の強拍や弱拍の位置を入れ替えて、リズムに変化を与える技法)されたジャズ作品が教会オルガンで演奏された、初めての例になる。
1927年4月、ウォーラーはシカゴのヴァンドームでルイ・アームストロングと映画で共演、オルガンを演奏している。そのオルガン演奏は、「機知に富んだキューイング」「風変わりなストップカップリング」と賞賛された。
オルガニストが作曲した『Jitterbug Waltz』だから、ハモンド・オルガンの名手が弾いて悪い演奏になるわけがない。ある日、仲間が仕入れてきた数枚のレコードの中にジミー・スミスの『Plays Pretty Just for You』があって、初めて聴くこの人の音色にメロメロになってしまった。Blue Noteによる1957年の録音だ。
ブルース、ジャズ、ゴスペルの要素が渾然一体となったジミー・スミスの演奏は、実に表情豊かだった。
そうでありながら、聴き手がイキそうになる直前でイカせないスケベな焦らしのテクニック、溜めにタメる粘っこいもどかしさなど、一筋縄でいかないあざとい気配も、この時代のプレイからは漂ってくる。
このアルバムの2曲目が、ドルフィーですでに耳タコの『Jitterbug Waltz』だったんである。
これをALTEC A7が揺らす音の洪水に溺れた日には、ええなええなー、ジャズってえーなーって、思うしかないではないか。
ところでジミー・スミスの弾くハモンド・オルガンっていうのは、どういう楽器なんだろう。ジミー・スミスを知って以降は、ジャック・マクダフ、ラリー・ヤング、ビッグ・ジョン・パットン、ロニー・スミス、(スタンレー・タレンタインの嫁さんだった)シャーリー・スコットとか、ちょびちょび聴くようになった。
そもそも中学時代に聴いていたディープ・パープルのジョン・ロードからして、ハモンド・オルガン奏者だったよな。けっこう前から、耳に馴染んでいた楽器だったんだ。でも、構造みたいなものにからっきし興味がなかった。
ある日、寒川敏彦が店にライブでやってきた。初めてハモンド・オルガンの現物を見て、ご大層な楽器であるのを知った次第だ。
イラスト Atelier hanami@はなのす