試される面接官
現役時代の僕が面接する場合、最初に応募された人を採用した。こじつけの理由になるが、それだけ相手に熱意があり、ご縁もあると解釈したためだ。
もちろん、何がなんでもというわけじゃない。さすがにこれは… な方はお断りしたし、そもそも双方の条件が合わなければ、見送るしかなかったわけだ。
世の中には複雑な思考パターンの方がいて、たとえば短時間パートで求人を出しているのに、直接会うとフルタイムで雇えと迫る。
今回の現場はそういう契約になっていませんのでと断ると、じゃあ本社で採用してみたらどうだ、自分を今採らなければ後々後悔するぞくらい自信満々に仰る。
こういう人に限って履歴書を持参してこないから、職歴も学歴も不明である。自分が何者か相手に知らせず、応募条件も無視して一方的に売り込むんだから、大したもんである。
この手の変わった人は嫌いじゃないが、シャレで雇用するほどの余裕もないもんだから、「またの機会に」とお引き取り頂くしかない。
あの人、無事どこかにお勤めできただろうか。
そうした例外はともかく、最初の応募者を採用するのには、自分なりの理由があった。
まず、人を見抜く力がない。その自覚がある上、短時間の面接程度でその人の能力や資質が分かるもんかという、開き直りもある。
そもそも僕自身が職業を「選択」した事やされた事がなく、20代は誘われるまま仲間の商売に加わり、30を過ぎてそこを抜ける際には、知人に紹介された会社に入れてもらった。型通りの面接は受けたが、採用前提だから顔合わせくらいの意味しかない。
はっきり言って何の仕事をするのかよく知らず入社し、結果的に26年間、お世話になったわけである。そんな人間に他人様を「選択」する能力や資格など、あろうはずがない。
後になるほど本社の職員も増えていったが、入社してしばらくは僕と上司2人の事業部だった。面接も他に担当する者がいないから、やらざるを得なかったに過ぎない。
今ならネットで面接する側の基本形も学べるが、当時は教えてくれる先輩もテキストもないので、全て亜流である。
たとえば履歴書の中に趣味・映画とかあると、
「どんなの観るんですか?」
「ホラー系が好きです」
「ギニーピッグとか観ました~?」
「シリーズ2は凄かったですね」
「あー、ああいう路線だと、日野日出志とかお好きですか?」
「毒虫小僧のラスト、泣けますよね」
などと、暗いオタクの話題で盛り上がったりする。
未知の仕事が経歴書に載っていたりすると、それどんな事やるんですか?と本題そっちのけで突っ込んだりもする。
たぶん他所の面接官(というより僕以外)は絶対しない、ユニークな(アホな)対話になっていたに違いない。
1日で10数名を面談したことがある。その中からどれか一人選ばなくちゃならないのに、優劣の付け方がわからない。
その日は、リニューアルする公共施設の設備員を募集していた。
最初に面談したのが小柄な女性である。職歴を見ると長く化粧品のセールスをしていたらしい。今回の募集とは、まったく無縁の業界である。
はっきり言って施設内の日常保守点検のイメージといえば、中高年のおじさんが定番である。印象的にも、似つかわしくない。
ところがこの女性、施設愛を熱く語るんである。リニューアル前からこの館には本格的なプラネタリウムがあって、シングルマザーの彼女は重度の発達障害ある息子と、よく施設を訪れていたという。
「ともかくここが大好きで!大好きで!」なんて言われてしまうと、不採用にすることに罪悪感が生まれてくる。経験や能力、資格だけ見れば、比較にならないくらい高い人物も数名いたが、そういう時にも「最初に来た人を採用する」自分のポリシーが、決め手となった。アナタ採用!
一緒に面接に参加した本社2人は「なんで?」って顔をしていたが、施設の職員や業者の人たちとコミュニケーションを取るのに、元セールスレディの能力は活かせるんじゃないの?と説得した。
こじつけめいた適当な判断だったが、結果的にうまくいった。最近の動向は知らないが、去年の段階ではお勤めが続いていると聞いた。施設に馴染むほどにいてもらわなければならない存在になっていくから、お元気なら定年後も働き続けられるだろう。頑張ってください。
昔ながらの業界の常識や先入観をなくせば、適材適所で互いにいい結果も生まれるはずなのだ。
またしても時間切れ。昨日と別の話題のようで、自分の中ではちゃんと繋がっているのである。そして、次回に続く。
Atelier hanami@はなのす