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とりあえず生(なま)!

両国国技館の所在地は「東京都墨田区横綱1丁目3−28」である。
ほー、さすがは相撲すもうのメッカ。町名は「よこづな」なのか。

ところが「横網」と書いて、実際には「よこあみ」と読む。
地名の由来は隅田川に注ぐ日本橋川沿いにある小網町(現中央区日本橋小網町)と同様に、横網よこあみあみの字が、隅田川沿岸の漁業と関係しているといわれている。

郷土史家によれば、漁師が横に網を干していたからともいう。江戸時代初期にこの辺りは海苔(のり)干場が広がっていたことから海苔採り網を干す風景からの呼び名か。

「東京の地名由来辞典」(2006年)

あまりにも間違いが多いことから、横網よこあみ地区の町内を巻き込んだ騒動になった歴史がある。
60年代半ばごろ、区が地元に対し「横綱」の地名変更を打診した。これに対し町内からは、「冗談じゃない」と猛反発する声が上がったという。「ちょんまげの時代からの町名をなくすわけにはいかない」というわけだ。

1875年(明治8年)に明治政府の指示で編纂へんさんされた「東京府誌 巻第六十八」によれば、この地区は江戸時代の貞享じょうきょう年間(1684~88年)に「南本所横網町」と称していた伝統ある地名。
1872年(明治5年)に「本所横網町」となり、1911年(明治44年)に「横網町」、66年(昭和41年)に現在の「横網1丁目・2丁目」となったそうである。
旧国技館が出来たのが明治30年代(1897年-1906年)のことだから、「よこづな」よりも「よこあみ」の方が、はるかに歴史が長いわけだ。


ある情報の前後の状況やつながりによってその意味合いが変化してしまう現象のことを、「文脈効果(Context Effect)」と呼ぶ。
人の脳は外界からもたらされる多くの情報や刺激を取り入れて、瞬間的にその意味を判断したり、状況にふさわしい行動を起こしたりするメカニズムを備えている。脳の情報処理のひとつである「文脈効果」は、認知心理学で扱われる心理効果になる。

文脈効果は文章の意味を捉えるときだけでなく、知覚や言語、認知、記憶、意思決定など、さまざまな認知活動の場面で影響を与えているのが特徴だ。

たとえば、言語の場合。
以下の例はどのようなシチュエーションでかわされたものなのか。文字だけでは手がかりが不足していて、意味を正確に読み解くことができない。

「朝顔が咲いている」「朝顔を洗うとスッキリ目覚める」
文章によって、意味解釈が変わる。
「ここではきものを脱いで下さい」
「ここで」なのか「ここでは」なのか、その時の文脈によって意味が変わってくる。

「それ取って」「これ?」「ううん、それ」
私たちが実際に会話をするとき、表情や身振り、声のトーンや抑揚など、言葉以外のさまざまな非言語情報、目の前に広がっている状況を併せて相手とやりとりしている。

この会話の場合、もしキッチンで夕食づくりのために野菜を切っている状況だったら、「それ」は野菜かもしれない。
オフィスで同僚と調べものをするために探しものをしている状況だったら、「それ」は少し遠くに置かれた資料かもしれない。
その人がおかれている環境や状況、前後のつながりが変われば、同じ言葉でも会話の意味あいや受け取り方が、おのずと変化していくことになる。

縦に読めば「B」になる。横からみれば「13」だ。


同じ字体が上だと「A」になり、下の場合は「H」と読める。

文脈効果はマーケティングにおいて、さまざまに活用されている。

レストランのメニューにおいては、料理名や説明文の文脈が味わいに対する期待を変える。
たとえば「新鮮なトマトとバジルのパスタ」。
単に「トマトとバジルのパスタ」と表記するよりも、よりおいしそうで高品質な印象を受ける。このような文脈効果は、消費者の選択や満足度に影響を与える。

あるスーパーで、店頭にセール品として缶詰が山積みになっており、主婦のAさんが迷わずカゴに入れたとする。
その隣にも違う缶詰が山積みになっていたため、Aさんは値段を確認せずにそれも購入してしまう。
セールをやっている場所にあったので、この商品もセール品だろうと彼女が勝手に判断してしまったからだ。

セール品の隣に配置することによって、実際にはセールと書かれていなくても、消費者は同じ陳列方式であるその商品をセール品と勘違いしてしまったり、そうでなくても、一緒に手にとってしまったりということが起こりやすくなる。
販売するスーパー側は消費者の心理を研究し、さまざまな技法を用いながら店内の商品の配置を決めたり、広告を作ったりするわけだ。

文脈効果が発動する心理学的理由は、人間の認知プロセスが周囲の状況や情報に大きく影響されることに起因している。

人間の記憶は、関連性が高い情報同士が連携して格納されている。
文脈は記憶の検索プロセスにおいて、関連する情報を活性化させる役割を果たしている。文脈がある情報に関連している場合、その情報がより容易に思い出されるわけだ。

人間の認知は、既存の知識や期待に基づいて新しい情報を解釈するトップダウン処理と呼ばれるプロセスを行う。
文脈がある情報と一致する場合、その情報が予測や期待に適合しやすくなり、認知の効率が向上する仕組みだ。

居酒屋に入れば「とりあえず生(ビール)!」とオーダーしてしまう。
飲食店で焼きそばを頼み、紙のお皿に盛られたものと高級なお皿に盛られたものとでは、同じ焼きそばでも違って見える。
木箱に入れられた果物や野菜は、産地直送をイメージさせる。
氷が敷かれ店頭に並ぶ魚は、パックに入って売られるものより新鮮に思える。

消費者が言葉や文章・商品を見るとき、前後の文脈や状況によって意味合いや感じ方が大きく変わる。
ネットでも現実の買い物でも、現代においては何かと仕組まれた中に暮らしているのが、我々消費者なのだ。

イラスト Atelier hanami@はなのす

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