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Out There

むかしから、オタク気質なところがあるのかもしれない。話題がツボに入ると際限なくしゃべり出すが、たいがいはそうならないので黙っている。

30過ぎて「会社」というところに初めて「就職」する。ひと月と経たぬ間に、上司に連れられ同業者の集まりに参加した。

その話の前に、そもそも入社時から上司と何を話していいのかわからず、先方からもアレやれ・コレやれの指示が一切ない。
自分の席でひたすら入札や人件費の積算をしていて、手持ち無沙汰の僕は事務所を抜け出し、喫茶店で文庫本を開いては数時間ねばったりしていた。それで戻っても、「どこに行ってた」「これやっとけ」の一言もない。
今だからわかる上司の気持ち、というわけでもなく、「会社」というのは時間つぶしの場所なのかと、正直げんなりした記憶がある。
ピカピカの社会人1年生でなくとも、右も左もわからない新人くんにあの扱いはないだろうと、今でも思う。

僕の肩書は「営業」で、上司に連れて行かれた会の名称は「営業会議」。
要はこれから始まる入札シーズンを前にして、あんまり値段の叩き合いにならないようにそこは仲良く「切磋琢磨せっさたくま」していきましょうやという、ワケわからんようで関係者には言わんでもわかる集まりなのであった。

「仲良く」やるために営業マン同士、まずは互いを知りましょうと名刺の配りっこをする。ところがベテランの上司からすると、黙っていても相手から挨拶に来る立場だし、ご自分は年齢の近い他社の役員クラスと、僕を放置したまま酒を酌み交わしているのだ。

ふつう初めて部下を連れてきたら、「ウチの新人です」くらい一緒に挨拶に回ってもおかしくないと思うのだが、これだって今だからわかる上司の気持ち、というわけにはいかない。
後にこの方、組織が分社化された後の代表取締役に就任し、僕はその下の平役員になっていくのだが、改めて変な会社に就職したもんである。

他社の営業マンは挨拶が終わるとそれぞれ立ち上がり、いくつかの輪を作って談笑を始める。そのまま懇親会の流れで、2時間ほどを過ごすのだ。
知る人もなく、ポツンと一人丸テーブルに残された僕は手持ち無沙汰もはなはだしく、ジュースなどちびちびるうちついにいたたまれなくなった。
小1時間ほどで会を抜け出し、腹は減ったままなので見つけた立ち食いそば屋で天ぷらそばをすすり、帰宅したのを覚えている。

それから10年経ち、20年経つ頃の同業者の集まりには、ベテランになってそれなりの肩書がついた僕のところに、黙っていても新人クンが挨拶に来るようになった。
それでも、場に馴染めない感覚は最初の時と変わらず、時間をつぶすノウハウが備わったに過ぎない。

あそこの営業マン、会社辞めたと思ったらこっちの会社に移ってたぞとか、この間行った夜の店でこんな面白い遊びしてきたとか、アンタの時計、○○社の○○だろうとか、ちぃーとも心の琴線に触れんというか、聞いてて苦痛な話題ばかりなのである。
それをまた皆さん、心から楽しんでいるような笑顔で酒を交わし、酔っては高らかにバカ笑いなどするのである。

僕も「演技」で楽しいフリはしていたものの、ネタが続かないからお追従ついしょう笑いに終始する。
もし今の会社を辞めても、他の会社へ渡り歩くのはよそうって、そのとき思った。しかし実際に辞めるなどとは、思ってなかったんだけどなぁ。

そういえば一回だけ、楽しい懇親会があった。
静岡東部地区で営業している数社限定の一泊会で、社長の代打で僕が参加した時だ。
某全国組織の熱海支店長と音楽談議になったら、「おれ、エリック・ドルフィーが好きでさぁ」などと一言らしたもんだから、さぁ大変。
「ジャズはいいよねぇ。オレむかし、クラブでサックス吹いてたんだよ。コルトレーンも好きだったけど、オーネット・コールマンとかさぁ」
食いねぇ食いねぇ、寿司食いねぇ。
「阿部薫って知ってるぅ~?オレ一度、ライブ観たんだけどさぁ、アイツ凄い音出してたんだよねぇ」

そのとき僕は、異次元空間に紛れ込んだのかと思った。失礼ながらうだつの上がらない初老のオジサンに過ぎなかったU支店長が、突じょ後光の射す存在に変わった瞬間である。あんときの酒は楽しかったなぁ。
U支店長、もうとっくに定年退社されたろうけど、元気にやっておられるだろうか。

終わんない。本題(そんなものがあるとして)に戻すため、明日に続く

イラスト hanami🛸|ω・)و




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