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オンナをその気にさせる曲②

『タモリのジャズ特選 女性といるとき何を聞くか』の続き。
自宅に招いたオンナを、健康さをウリにするためまずは音楽でもてなそう。
その際、照明を暗くしたり、むせび泣くテナー・サックスをかけたりはご法度はっとである。
下心ゼロですよーと、警戒心を解くためタモリが選ぶのは、リターン・トゥ・フォーエヴァー『Do You Ever』だ。

収録されているアルバムは『Musicmagic』。
米国だけで50万枚以上を売り上げた傑作、『浪漫の騎士』に続く彼ら7枚目のスタジオ録音になる。
ただし、『浪漫の騎士』で聴けたエキサイティングで挑戦的な演奏ではまったくない。むしろそこはかとない奥ゆかしさというか、心地よい浮遊感で聴き手を包んでくれる。それはこの一曲だけを聴くよりも、アルバムを通した方がタモリの主張する”健全性”をよく理解できるだろう。
フルートの響きのせいなのか、そこここから同時代のヨーロピアン・ロックの薫りまで漂ってくるようだ。

70年代のフュージョン界において、リターン・トゥ・フォーエヴァーは最大のヒットメーカーだった。多分に商業主義に傾いているかのようなこの作品でも、音の鮮度自体は実に瑞々みずみずしい。他のフュージョン・バンドのような流行はやりだけに終わりにならない、普遍性を感じさせる。

1972年にリターン・トゥ・フォーエヴァーを結成したチック・コリアも、マイルス・デイヴィスのバンドで『In a Silent Way(1969年)』『Bitches Brew(1970年)』に参加している。
とくに前者の音からは、リターン・トゥ・フォーエヴァーの原型のような、もっと言うと彼らの未来の方向性すら包括してしまっているような、先進性を感じる。
僕個人は電化マイルスよりもそれ以前を好むが、その中にあって『In a Silent Way』は別格だ。
マイルス・デイヴィスはバッハのように大河たいがと呼ぶべき存在だろうが、支流となる第一級河川かせんを数多く形成したことにおいても、偉大と形容するしかない。

さて、下心が消えたところで(ホンマかいな)、オンナにさりげなく酒を勧める。
間違ってもここで、相手の音楽の好みを聞いてはいけない。長渕剛や松山千春なんて名前が上れば幻滅するし、山本譲二なんて言われようもんなら、速攻で帰した方がいい事態になってしまうからだ(タモリの説)。

ここで一歩踏み込み、どこまでオンナが場に酔っているかを測るべく、一曲かけてみる。
この日の2曲目、マイケル・フランクス『アントニオの唄』だ。

なんだ、ジャズじゃなくてボサノバじゃん。そう思われるかも知れんが、クワイエット・ストーム(ソフトロック、AORに近く、ジャズからの影響も加わった都会的な音楽)と呼ばれるジャンルになる。
実際にこの曲のピアノはJoe Sample、ギターをLarry Carlton、サックスにDavid Sanbornらが参加している。サンヴォーンのアルトなんて、ちょっと腰回りを刺激したりはしまいか。

マイケル・フランクスは、ボサノバとの出会いによって、その後の音楽の方向性が大きく変ったと述べている。
ここで歌われる「アントニオ」も、ボサノバの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンであり、この曲はジョビンに捧げられている。

アントニオは人生のフレヴォ※を生きる
アントニオは真実のために祈る
アントニオは言う ボクらの友情は
100%確かなものだと

ともかく 歌おうじゃないか
あまりに古くて忘れかけた歌を
そして 音楽を響かせよう
虹の中の光のように

※ 心から湧き上がる情熱のようなもの

歌っているマイケル・フランクスはUCLAで学士号を、オレゴン大学で修士号を取得したインテリだ。
影響を受けたミュージシャンとしてジョビン以外に、デイブ・ブルーベック、パティ・ペイジ、スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、マイルス・デイヴィスの名を上げている。
またしてもマイルスか。そういえばタモリが珍しく心酔し、来日時にはインタビューまで実現させたのもマイルスだったな。

さて。
オンナの黒目の動きが緩慢になり、一つ所を見続けるようになっていれば、「これはきとるなー」となるそうだ。そこで次の曲をかけるのだが、この選曲にウソこけーと思いつつ、我が意を得たりとメチャ嬉しくもなるのである。

しかしこれ絶対、当人は経験しとらんぞ。(明日に続く)

イラスト Atelier hanami@はなのす

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