新々茶道教授の独り言
愚作、名作、駄作、どれでしょうか?
良く言えば個性的、悪く言うと独善的
みた…きいた…つかった… 道具好きならではの。
私の茶道感、感動秘話、失敗談などなど
すきな音楽、映画、展覧会、人や物など。片寄りすぎです。
「ベランダの 水場ようやく 初氷」 冬らしくなり、薄い氷を 見つけました。いよいよ 冬本番です。
珍しく袴を履いて、茶会ヘ出掛けました ベビーカーを畳み左手に持ち、右手に乳呑み子を抱き抱え、3歳位の男の子を連れた人がいました。 バスに乗り込もうとしていたので(男の子は任せて)と言い(オジサンと乗ろうね)手を引きました。 偶然下車バス停が同じだったので、先に降りました。するともう一人、助っ人登場!そのご婦人が、ベビーカーを持ってくれました。 私が男の子を降ろし、ママさんは赤ちゃんを抱きました。「助かりました。有難うございます」深々と頭を下げました。 (いやいや子供は
「初霜や 金閣更に 美しく」 カレンダーの写真。 初霜の降りた金閣寺。 金がうっすら白い ベールに覆われた姿。 溜め息の出る姿です。
床 開門多落葉 花 初嵐椿 花入 柑子口 備前焼 香合 仁清写 鴛鴦 急に冬がやって来て、落葉も 多く掃除が大変です。 花入の柑子口は、蜜柑では無く 金柑位の大きさ。ちょっぴり不思議な形です。 鴛鴦は鳥類のならいで、勿論 雄が美しく! 茶碗を龍田川柄と吹き寄せ柄を 悩みました。御菓子を練切りの、紅葉にしたので…
「外套と 若き人には 伝わらず」 もう死語になったのでしょうか? まあ我々とて、ガイトウとは 言いませんが~
愛弟子が永平寺にて、修行中です。その為ついつい曹洞宗関係の書籍に、手が伸びます。 今回購入したのは(ふしゅくはんぽう)と言う、難しい本です。 道元禅師の著作が、基になっています。 これを読み(絶対、禅僧には成れない)と再認識しました。そもそも座禅が苦手では、ありますが。 余りに細かく難しい食事の作法に、画像を見ただけで溜め息が出ました。キチンと美しく食べていて、感激しました。 食事一つとっても、これです。 僧坊の暮しの厳しさが、思いやられます。 この本を見たら懐石の作
「若き等の 沢庵食む音 リズミカル」 若い人が凄い勢いで、沢庵を! 歯が良いのでしょう。 高齢者の私は、隠し包丁を 入れて食します。
来月半ばに「稽古茶事」をする、茶妹が相談に来ました。 茶入を何にするか、迷っているとか~ (貴女茶入陶器止めて、棗でなさいな!)「えっどうして?棗使うのは、十月名残の点前では」 (十二月は一年の終りで、ある意味名残惜しいと感じるでしょ。棗を使うなら大津袋が良いね) (大津袋の由緒は?あれは利休居士の奥様が、大津から米を運んだ袋を見て好まれた。との伝承ですよ) (米がでれば、運ぶ車・馬・なども出せるかな他にも…)「解りました、余り全部言わないで下さい。自分で考えてみます
「凩は 碁盤のままに 大路から」 風は烏丸・堀川などの、南北を 貫く大路にそって~ そこを横断する時は、思わず 早足になります。
「六世紀の出雲とヤマト・出雲の大型古墳を語る」と凄い題目のシンポジウムに参加しました。 「東西出雲の統一過程とヤマト王権」「古墳が語る出雲の六世紀」「畿内における欽明朝前後の古墳築造」「筑紫の後期古墳からみた磐井の乱とミヤケの設置」 四人の講師による、熱の入ったお話でした。 少しばかり苦手なあの時代に、薄く灯りが差し込んだ思いです。 特に一括りに考えていた出雲が、 (実は東西二つの勢力圏が作ったなど)目から鱗の話ばかりー 平均年齢60歳以上の参加者なのでで、トイレは大混
「枯れ蓮は もう花びらを 忘れたか」 一面の枯れ蓮。 枝や葉の曲がり具合が、 とても造形的です。 大好きな情景!
(今日の干菓子見て、何か思われへん?)水を向けましたが、反応無し。 暫く考える時間を与えましたが… 仕方無く(形が角と丸だと~)教えても、答えが有りません。 たまらず私から(陰陽になっているでしょう!偶然二種を並べて、陰陽になったと喜んでいたのに) (見てご覧なさい。四角の炉縁に丸い釜が、代表的陰陽じゃないかな。ただボーッとして、お菓子食べてちゃ駄目ですよ) 陰陽の考え方は茶道にも、大きな影響を与えています。○と□をみかけたら、陰陽に思いを致さねばなりません。
「障子越し 光やわらか 和紙なれば」 稽古場の障子は、全て和紙です。 少し贅沢かと思いましたがー あの谷崎潤一郎の陰影礼讃では ありませんが~ 光の具合が違います!
電車バスで、弱者に席を譲らない若者ばかりー。何をしているかと言えば、携帯を見ているのです。 友人が「大川、あれって学校・家庭どっちのせいだと思う?」聞かれました。 (私は学校より家庭だと思う。親が席を譲る姿を、見せておけば…) (三つ子の魂というから、子供時代が大切。学校に行く前から、教えなきゃ遅いかも)こう断定しました。 「そうだな今は核家族となり、家に年寄りが居ない家庭も多い。だから高齢者との、接し方を知らないのかも?」 (学校でも訳のワカラン道徳的教えより、基本的
「七五三 主役は欠伸 繰り返し」 肝心の幼子は、もう飽きて しまった様です。 慣れない着物姿も、嫌そうで~
(ほらそんな奥に水指を置いたら、 蓋に手が届かないよ)(拝見物だしたら、元の位置まで戻る) (この点前は、炉縁の内角ウチズミねらいですよ) 社中には色々な位置を、細かく指導しています。がしかし良く言えば、オウヨウ。悪く言えば、鈍感!適当・イイカゲンな人が、多いのです。 その度に(位置・いち・イチ)と叱ります。もうその言葉に飽きて(そこ!2#3)声を荒げたら、一同シーンとなりました。 「先生、2#3って何ですか?」(ふん兄弟じゃ無いぜ。2#3の前は何!?)「あっ1・位置で