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ユルい?厳しい?AIR RACE Xでのゲート通過ルール
AIR RACE X 渋谷デジタルラウンドの予選が終了し、決勝に進む4名のパイロットが出揃った。ポイントと直接の勝敗をもとに決定された予選1位は室屋義秀選手(日本)。2位はマット・ホール選手(オーストラリア)、3位にマルティン・ソンカ選手、そして最後の椅子を手にしたのはフアン・ベラルデ選手(スペイン)。ピート・マクロード選手(カナダ)は予選期間中にフライトすることができず、全ての対戦で敗者となった。
予選の各対戦(ヒート)を詳しく見ていくと、予想よりもパイロンヒットやターン時の高度不足など、ペナルティを受ける場面が目についた。特にパイロンヒットは、レッドブル・エアレースよりも基準が「甘い」と見られていただけに、意外に感じた人もいるのではないだろうか。
実際のフライト、そしてデータをもとに、ゲート通過時のルールについて述べてみたい。そこには、デジタルラウンドゆえの難しさがあったようだ。
■ レッドブル・エアレースより大きいゲート幅
レッドブル・エアレースのエアパイロンは高さ25m。そのうち高さ15m以上の部分を通過するように定められていた。エアゲートを構成する場合、パイロンの間隔は12m~17mくらい(円錐形をしているので通過する高度によって変化する)。レース機が通過する部分の素材は、パラシュートやヨットの帆にも使われるナイロン製の「スピンネーカー」という極薄の布地で、ここに翼端が接触すると容易に裂けて「パイロンヒット」となっていた。
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レース機で多数を占めるエッジ540の全幅は約7.5m。エアゲート通過時、パイロンとの間隔は2〜3mほどという近さで、狙った通りのルートを通過するパイロットの卓越した操縦技量を堪能することができた。
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これに対し、今回のAIR RACE X 渋谷デジタルラウンドで設定された「パイロンヒット」の基準は、トラック中心線より12m以上36m未満のエリアでゲートを通過すること。中心線の左右12mということは、全体の幅は24mとなり、レッドブル・エアレースよりも広い間隔が確保されていることが判る。
しかもレース機の位置を判定するFRP(機体基準点)は胴体に設置されるので、翼端までは3.5m以上の間隔がある。これを考慮に入れると、実質的なゲート幅は30mを超えるものとなり、ずいぶん広いマージンをとっているのだ。
そして、通過高度に関するペナルティ(15m未満、50mを超える高度)を加味すると、ペナルティなしでゲートを通過できる空間は、高さ35m×幅30mほど。卓越した操縦技術を持つエアロバティックパイロットでもある各選手にとっては、広大すぎる空間であるように思える。
■ なぜパイロンヒットが起こるのか-見えないゆえのズレ-
しかし、予選期間中のフライトではパイロンヒットがたびたび発生した。何が起こっているのだろうか。
大きな要因は「デジタルラウンドゆえの環境」にある。フライトデータ収集に際しては、ゲートに相当する位置にマーカーを設置し、そこを機体がどのように通過しているかで判定する。マーカーは空中からも見える大きさではあるが、200ノット(時速約370km)で飛行するレース機の場合、位置を視認して反応するのでは遅すぎるのだ。
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このため、パイロットはマーカーの位置に差し掛かっていることを視覚によらず感じ取り、操縦操作をする必要に迫られる。「見えないもの」を相手にするため、操縦時の「狙い」がつけられないのだ。
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レッドブル・エアレースでは、どのパイロンも視認することができ、だからこそギリギリのラインで飛び抜けることが可能だった。しかし「目標」が見えないAIR RACE Xの場合、各パイロットは頭にレーストラックを思い描き、フライトすることになる。
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私たちの感覚では、目をつぶったまま家の中を歩き回るのと似ているだろう。思い通りに障害物を避けて歩くのは大変だ。AIR RACE Xのデジタルラウンドでは、それを飛行機で行なっているということになる。レッドブル・エアレースよりもゲート通過時の空間は4倍ほどに広がっているが、それでも狭いと感じるほど、フライトが困難だったことが判る。
■ 克服は「とにかく飛ぶこと」
目に見えないレーストラックを飛ぶことになるデジタルラウンド。このため、トラックに習熟するプラクティス(練習)フライトは無制限に許された。数多く飛び、自身の感覚とフライトデータとのズレを確認し、さらに飛ぶ……ということを繰り返し、レーストラックを体に覚え込ませる(英語では「マッスルメモリー」と呼ぶ)ことが、克服への道となる。
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いかに早くレーストラックを体に覚え込ませられるかが、予選ラウンドで重要だったといえるだろう。マット・ホール選手の場合、予選期間の早い時期に全てのフライトを終わらせた。よほど身についた感覚に自信があったに違いない。
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日本の室屋選手は、雨で1日フライトできない日があったものの、予選期間をフルに使って気象的・技術的コンディションが整った時を見計らい、フライトを重ねた。対戦成績6勝1敗(負けはソンカ選手に対するもの)、ファステストタイムのボーナスを含む19ポイントで予選1位になったのも、その結果と見ることができる。
■ 決勝ラウンドのデータはどうなっている?
ここからは決勝ラウンドの想定だ。準決勝用と決勝用のフライトデータはレース実行委員会のサーバに送信され、当日まで秘匿される。予選ラウンドでの最速タイムは、おそらく「3番目に速いタイム」に過ぎないだろう。
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決勝ラウンドに進んだ室屋選手、ホール選手、ソンカ選手、ベラルデ選手がどのようなデータを持っているのか。予選でのタイムを見れば、室屋選手が他を1秒ほど離す圧倒的な速さを見せているが、必ずしも優勝は盤石とも限らない。
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他の3名が驚くようなタイムを隠し持っているかもしれないし、速いタイムであってもペナルティを受けるようなデータかもしれない。初の優勝者は誰になるのか、当日のデータ公開が待たれるところだ。