先入観はいたるところに・・・

娘の入院を通して、わたしには様々な「先入観」があると気づいた。
入院二日目、担当のお医者さんと1時間くらい話した。

わたしの素人の疑問に対してとっても丁寧に答えてくれた。
ワクチン反対派の人も肯定派の人も、
おそらくそのどちらかの話を聴いたか、全く聞いていないかで、
反対、肯定の立ち位置に立つ。

自分でとことんまで調べたという人の方が少ない。
反対派は、ワクチンを打たずに大きくなった人や、
その母親の考えを見聞きして、
また反対派の根拠となる本を読んで大体決める。
肯定派は、ほとんどがそれが当たり前だという認識で決める。

決めるという認識もない状態で打つ。

一昨日話したお医者さんは、
ちゃんと根拠を教えてくれた。
とってもわかりやすかった。

このワクチンだけは打った方がいいという根拠も。

でもすべてを打たなければならないということは
言われていなかった。

「周囲の人のために打つ」という思想はどの国のどの歴史からきているのか、
「自分のために」という思想はどこからきているのか。

ワクチン成分の中にある水銀やらなんやらの成分が
一般にイメージしている恐ろしい成分とは違うものだということや、
その実証についての結果。

アトピーの治療に脱ステロイドと言われる派と、
必要に応じて使っていく派があるということ。
なぜその派に分かれたかという歴史や実際どうなのかということ。

お医者さんがいろんな患者さんと向き合い、
自然派をやっていて立ち行かなくなり、
駆け込み寺のように来るお母さんの子どもへの想いも知りつつ、
なぜこのようなことが起こるのかということを
先生なりに調べたそうな。

わたしは思った。

これは、西洋医学とか東洋医学の問題じゃない。
どの立ち位置にいたとしても、
相手は人である。

その人に対して、どのような想いをもっているのか、
どういう希望があるのか、
そういったことを踏まえて、
一人一人に向き合い、方針をきめていく。
そういう伴走が大切なんだと。

そもそも、常識と思っていて、
何も疑わずに、病院行ったり薬飲んだりするのを
一旦立ち止まって考えるということも大切。
お医者さんに言われたからと言っても、
最後それを受け入れるのは私であり親である。

誰のせいにもできない。

だから、自分がどうしたいか。
どうしたいからこの選択をしているのか。
一つ一つ自分に問うていきたい。
そこから出した答なら、
どんな結果であっても、
自分で責任を取ることができる。

今回のお医者さんとの1時間は、
とっても有意義だった。
わたしの視野が広がって、
改めて自分がどうしたいかというのを
考えるとっても良い時間になった。

お医者さんでも、こんな人がいるんならいいな~

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