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だから旅に出るんだろ
撰えらばれてあることの
恍惚と不安と
二つわれにあり
ヴェルレエヌ
死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。
ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。
私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた。
その日その日を引きずられて暮しているだけであった。下宿屋で、たった独りして酒を飲み、独りで酔い、そうしてこそこそ蒲団を延べて寝る夜はことにつらかった。夢をさえ見なかった。疲れ切っていた。何をするにも物憂かった。「汲み取り便所は如何に改善すべきか?」という書物を買って来て本気に研究したこともあった。彼はその当時、従来の人糞の処置には可成まいっていた。
新宿の歩道の上で、こぶしほどのいしころがのろのろ這って歩いているのを見たのだ。石が這って歩いているな。ただそう思うていた。しかし、そのいしころは彼のまえを歩いている薄汚い子供が、糸で結んでひきずっているのだということが直ぐに判った。
子供に欺かれたのが淋しいのではない。そんな天変地異をも平気で受け入れ得た彼自身の自棄が淋しかったのだ。(以下略)
“選ばれし”太宰がうつす淋しい自棄は美しく透明だ。
そこにいたたまれなくなる理由は、この”淋しい自棄”にある。職業共同体の抑圧のなか、うごめくエゴイズムを組み替えようとしてもがき、しかしまた、うずもれてしまう。
そして影を追い、影に追いつけない一日が、薄暗く終わっていくのに耐えかねる、だから、
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行き着くのは、やはり、いちばん「身」の削られる場所だった。
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高度経済成長期が少年期だった。高化学スモッグを吸って育ち、低い灰色の雲から垂れ流される人工の雨に打たれ、少年は、目を充血させ帰る「家」を見失った。
《時》は経るのではなく、《時》は置き忘れてくるものと思う。
「科学・技術」が空飛ぶ教室だった。無益をかき集めた体を持てあまし、「今」を安売りして「未来」へと駆け出した。生産性の低いものが次々と解体されていくのを横目で見ながら。
いつだったか突然、「未来」はないと誰かが告げたのだ。
父の名である高度経済成長は跡形なく消えてしまった。
『青写真を丸めて抱えて、時代に寄り添い生き、時代と共に終わる』それが父の運命だったのか。
1965年の高度経済成長は完全に心肺停止。後には”自分自身”を解体する作業だけが残された。
そしていま、家族はコピーのコピーを繰り返し“魂の輪郭”がすっかりぼやけてしまっている。
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