褒められることが減った⁉️
昨日、私のフォロワーさんの佐倉えりさんとのコメントのやりとりをしていて、『大人になって褒められることが減った』という佐倉さんのご意見が、頭から離れず、考えていました。
ドイツの文豪ゲーテは
『人を褒めれば、その人と対等になれる』
という言葉を残しています。
子供の頃はよく、両親や祖父母、先生、友だちによく褒められたのに、何故大人になって褒められる回数が減ったのでしょうか。
noterさんの中にも、同じテーマで記事を書かれていて、その方は
『他人から褒められないから、自分で自分を褒める』と言明されていました。
なるほど。自画自賛という言葉を頻繁に耳にするのは、そのような心理になるからだという気づきがありました。
『自分にご褒美』と言って、何かが達成された時に、以前から欲しかった時計や靴、服の高価な物を買ったりする話もよく聞きますね。
人に褒められて嫌な感情を抱く人は、1人もいないと思います。それなのに何故大人になって人は他人を褒めないのでしょうか?
私が最初に思い当たったのは、次の通りです。
子供の時は、相手が起こした言動に対して、見たまま、聞いたままの率直な感想を、驚きとともに、『凄いね、頭いいね、上手だね』という言葉を無邪気に言ってます。
ところが、大人になると、相手の言動が優れていると思っても、『素晴らしいご意見で感服します』とか『凄い技術をお持ちですね』と口から発する時に、一瞬、言葉を発するべきか、否かを判断します。
その理由は、相手を褒める言葉を発して
『褒めて自分とこの人との関係が良好になるだろうか』とか
『お世辞と思われないだろうか』とか
『褒めることで、マウントをとられて自分の方が低い立場になるだろうか』など
自分の利益が損なわれることを懸念するから『褒めること』が大人になると難しいのだと思います。
以上は仕事上で、思う褒めることの難しさです。
しかし、会社の仲間と趣味でカラオケや魚釣りなどをする時は、『いい声してるね、釣りの名人だね』など簡単に発することができるのは、童心のように無邪気になっていること。
それと、趣味に興じている時には、相手との利害関係がほとんど発生していないからです。
人間が言動を起こすのは、『そこに利益があるだろう』と推測する時です。
大人になればなるほど、その推測力の精度は上がっていきます。日々の人間関係から、自分が行った言動の失敗の記憶が経験値として積み上がっていくからです。
誰でも同じ失敗は繰り返したくはありません。だから、学習するのです。
他人を褒めたところで、何の利益もないだろうと、思っている方も多数いるでしょう。
しかし、自分が褒められると嬉しいものです。そして、褒められたということは、褒めた相手はあなたに好意的かつ魅力的に見えている証拠です。お世辞やおべんちゃらかどうかは、個人の判断によりますが。
逆に、人はけなされたり、馬鹿にされた時に怒ります。
人間関係が難しいのは、言葉の使い方次第で、相手を喜ばしたり、怒らせたりするからです。
しかも、怒らせてそれっきり、何の処置もしなければ、そこでその関係は破綻です。
大人になると、このような、喜びと怒りを意識しつつ、言葉選びしながら会話をする難しさから、人間関係に戸惑うのだと思います。
相手から放たれた言葉に裏はないのか、など忖度の応酬がなされているように思います。
もちろん、気心が知れた者通しならば、放たれた言葉が素直な言葉だと判断できます。そこに、利害関係が発生していないからです。
私はnoteの記事でも、面白い、勉強になった、共感したという感情がなければ、コメントも書きません。お世辞を言うのが下手だし、本心と違うことを書くのは罪悪感がわきます。
しかし、こう考えてくと、社会に出て褒められることが少なくなるのは、さみしいことですね。
良いことをする行為なのに、利益や優劣を気にするあまり、本心を表すことができない。
ゲーテの名言のように、人を褒めれば、その人と対等になるという意識が、出せないのは、資本主義社会の特徴でもあるのかもしれませんね。
その点、私たちの子供時代は社会主義に近い環境で育った感じがします。無邪気に思ったことを簡単に口走る。学校での生活で利害関係が発生しないし、素直で真面目な方が、先生うけするという特典があるからでしょう。
『無邪気な心』が子供の代名詞だと思います。
ということは、大人には邪気があるということです。言い変えれば、嫉妬心、優越感、劣等感の狭間の中で生きています。
でも、やはり『褒めること』は人間関係を良好に保つためには必要だと思います。
1番最初の社会である家族でもそうです。
私たちは社会での人間関係で外面で他人行儀を余儀なくされます。それは、社会が礼儀、礼節を重んじているからです。
そのため、家庭内では甘えが生じ、自分勝手な言動をしてしまいがちです。
私も、妻に『最近、痩せてスタイルがよくなったね』と言うと、
妻は笑顔で饒舌になり、
『そう。自分ではそんな感じがしないけど、そう言うなら、お洒落な服でも買ってよ』
とやぶ蛇になりました。
でも、その時の妻の顔は明らかに喜んでいました。
『親しき仲にも礼儀あり』です。
まずは、家族を褒めて、その反応を見ながら他者にも褒めることをしてみれば、また変わった人間関係が築けるかもしれませんよ。
褒められて、嫌がる人間などいないのですから。
今回、フォロワーの佐倉えりさんのコメントから、考える機会を与えてもらったことに感謝しています。
noteの記事を書きたいけど、書きたいことが思いつかないという人は、まずはnoterさんの記事を色々読んでみたら、自分が書きたいテーマが見つかるかもしれません。
noteも文学です。書くためには読まなければ書けません。
今回の記事を書きながらも、色々な気づきもありました。感謝します。