見出し画像

7本の指で奏でるピアニストのお話

エッセイスト・阿川佐和子さんがMCをつとめるトーク番組『サワコの朝』という番組で、ピアニストの西川悟平さんが出られていた。

ブラスバンドの顧問の先生に憧れて、15歳という遅い年齢でピアノを始めたにも関わらず、24歳で世界的ピアニストであるデイヴィッド・ブラッドショー氏に才能を見出された西川さん。

老舗和菓子屋の店員からピアニストへと転身し、ニューヨークで華々しいデビューを飾ったが、そのわずか2年後に西川さんを襲ったのは、『ジストニア』という病だった。

【ジストニア】
中枢神経系の障害による不随意で持続的な筋収縮にかかわる運動障害と姿勢異常の総称。脳の大脳基底核、視床、小脳、大脳皮質などの活動が過剰になる異常が原因とされる運動異常症の症候名である。
全身の筋肉が異常に動いてしまう全身性ジストニアと、局所のみの筋緊張の異常による局所性ジストニアに分けられる。
原因が特定できないものを「本態性ジストニア」、脳卒中や脳炎などの後遺症として起こるものを「二次性ジストニア」と呼ぶ。
また、本態性ジストニアの中には遺伝子の異常による「遺伝性ジストニア」がある。

西川さんは『局所性ジストニア』であり、これはアスリートや作家、楽器演奏者などに多いと言われている。

「普段は思い通りに動く指が鍵盤を叩こうとすると筋肉が硬直するんです。
初めは筋肉疲労だと思ったんですよ。ストレッチとかしたけど段々ひどくなってきて。
すごいプレッシャーとすごい練習量で、自分で神経を痛めたんだと思うんですよね」

『手がうまくコントロールできないのは練習が足りないからだ』と思って練習をしすぎると、ジストニアの症状は却って悪化してしまうらしい。

「練習をすればするほど悪くなっていくんです。明日になったらマシになっているかなと思って次の日練習するとまた悪くなっている。本当に鬱っぽくなった時期がありましたね」

診断された直後は右手3本、左手2本の5本しか動かなかったらしい。

しかし知人の経営する幼稚園に招かれ、子供達の前で5本の指だけで童謡を演奏した際、子供達はその不自然に曲がった指を気にすることもなく、彼の奏でる音色に合わせ楽しそうに歌い踊ってくれたという。

「それまでは昔の自分に執着していたんだと思います。
でも幼稚園に行って思ったんです。
左手は2本も動く、2本でベースが弾けるじゃないか。右手は3本も動く、3本でメロディーも和音も弾けるじゃないかって。
たとえ5本しか指が動かなくても演奏は出来るんだって。
そう、僕は子供達に救われたんです」

その後の懸命なリハビリとカウンセリングの結果、現在は右手5本、左手2本の7本の指が動くまでに回復した。

「それまでの自分は、いかに上手に弾くか、いかに格好良く弾くかというところに欲望があったけど、今の自分は上手く弾けないから、どうやったら心に響く音が出せるだろうというところに意識がいくようになりました」

ニューヨークの自宅で2人組の強盗に入られたエピソードも大変面白かった。

普段から鍵をかけないクセがあり、夜在宅時に強盗に入られた西川さんは、恐怖心から次第に好奇心に変化し、強盗犯にどんな幼少期を過ごしてきたのかを聞いたという。

犯人は自身の幼少期の辛い出来事を話し始め、西川さんはそれを聞いて涙し、『何でも盗ってもいいよ』と話したという。

するともうひとりの犯人が、『お前日本人か?日本人は人に優しい文化だから好きだ』と話し、西川さんは嬉しくなり、お礼に『日本のお茶があるけど飲む?』と聞いたら『飲む』と答え、日本茶で〝おもてなし〟をしたらしい。

ーー強盗犯におもてなし?!

そして犯人のひとりが『今日は俺の誕生日なんだ』と話し、西川さんはピアノで〝ハッピーバースディ〟を演奏してあげたという。すると犯人は涙を流しながら『人にこんな風に誕生日を祝ってもらったのは初めてだ』と喜んだという。

ーー強盗犯に演奏?!

結局2人の強盗犯は8時間も滞在し、盗ったものを全て返し、『ちゃんと鍵をかけとけ!』と言い残し帰っていったという。

「めちゃくちゃ怒られました(笑)」

西川さんが番組の最後の〝今、心に響く曲〟に選んだのは、若くして亡くなってしまったピアニストで作曲家でもある〝リアム・ピッカーさん〟の「Winter」という曲だった。

リアム・ピッカーさんは鬱病を患い18歳で自殺。来日の夢があったことから、残した曲を日本人に弾いてもらいたいと、彼の母親が日本人のピアニストを探し続け、西川さんと出会う。そしてその意志を継いだ西川さんが曲を完成させ、カーネギーホールで世界初演したという。

3分足らずの短い演奏ではあったが、阿川佐和子さんも心打たれ涙され、『リアムさんがそこに居たような感じがした』と話される。

7本しか指が動かせないとは到底思えない力強いその演奏には、画面を通して聴いても、人の心を動かす何かがあると感じられ、私の胸に強く響いた。

西川さんの優しくて明るくてお茶目なお人柄が番組の中にギュッと凝縮されていたような、そんな温かい番組だったように思う。

コロナがあけてコンサートに行ける日が来たら、是非生で聴いてみたいと思う素晴らしいピアニストだ。




※最後まで読んでいただき有難うございます!

いいなと思ったら応援しよう!