【超短編(じゃなくなるかも)小説】#05 食堂をやっているおばあさんと高校生の夏くん。賄いを食べながらyoutubeを観る。
・・・・・・何かを書くのは、映画を撮るのに似ているだろうか?
午前中に郵便局で見かけたおばあさん。ATMが一つしかない小さな郵便局なので、僕とそのおばあさんは順番を待っていた。
僕は見るともなしに、おばあさんを観察していた。洗濯で白ちゃけた、元は赤だったはずのエプロン、というか、袖が付いていたので割烹着か。黒っぽいズボンを履いている。パジャマのズボンのようなサイズ感。ゆったりしていて、丈が短め。履きやすそうだ。おばあさんは裸足に黒いつっかけだ。近くの人なのだ。おばあさんの足のカカトは白くひび割れていた。
順番が来て、ATMを済ませると、おばあさんは僕に軽く会釈をして去って行った。歩いて行ける距離に郵便局があって、一人でサンダル履きでやってくるというのは軽快だ。
そういえば、おばあさんはATMにじゃらじゃらと音を立てて硬貨を入れていた。お店をやっている人かもしれない。食堂をやっていて、今日も昼ご飯は遅い賄いだ。いいも悪いもない。毎日、淡々と店をやっている。
おばあさんの趣味は何だろう? 路地の裏手に植木鉢を並べて、朝顔を育てているかもしれない。ベゴニアやケイトウもあるかもしれない。水道の蛇口からじょうろへ水を溜め、花へ水をかけるのが日課かもしれない。
店が休みの日は週に一日しかないが、その日は朝から着物に着替えてバスで街へ行き、芝居を観ているかもしれない。ちゃんとした劇場のある街まで、おばあさんの住んでいる界隈からバス一本だ。それに乗れば一時間ほどで歌舞伎も宝塚も観れるのだ。
おばあさんは女友達とつるんだりはしない。一人でキリリと小紋を着て、バスに揺られて劇場のある街へ出かけていく。帰ってくれば、また翌日からは食堂だ。
食堂には、孫(おばあさんが70代だとして、高校生くらいの男の子の孫がいる)が手伝いに来る。そいつの名前は多田夏。多田屋という旅館の息子だ。旅館の息子がよその食堂のバイトをしてる場合か? あるいは外孫か? まぁ、とにかく多田夏は高校生で、お金がほしいのであらゆる機会をとらえてバイトをするのだ。
食堂の客が少なくなったタイミングで、夏は昼飯だ。おばあさんがちゃちゃっとちゃんぽんを作ってくれる。うまそうに食べる夏のそばにスマホがあって、Youtubeが流れている。
「信じる者は救われます」
白い日本語字幕が流れていく。画面では、濃いメイクの金髪の女が両手をせわしなく動かしながら喋っている。ロイヤルブルーのドレス。まるで映画女優のインタビューのようだ。顔の造作がコントラスト強めというか、ぱんっと張りのある感じで、押し出しが立派である。といっても、女なのだが、日本人の代議士などよりも、よほど説得力を放っている。
「夏ちゃん、あんた英語とかわかんのか?」
おばあさんも横でちゃんぽんを啜りながら聞いてよこす。
「たいした英語じゃないし、つうか、単語は全然大したことなくってさ、俺らの学校の単語テストの方がよっぽど難しいし」
夏はスマホのボリュームを少し下げる。
「へぇ? ほんで、何て言うてはんの?」
「富も、いい人間関係も、健康も、ぜんぶ手に入ります、って」
夏は饒舌である。
「そういうの全部なくした人ばかりやな、芝居に出てくるんは」
おばあさんは応じる。
しゃべっている間に二人はもう食べ終え、立ち上がると片づけだ。洗い物は夏がやる。青いドレスの女の説教はさっと閉じられた。
・・・・・・ to be continued ・・・・・・