小説 #12 被覆されるソル
僕はもう何度もFH(フェイ・フュー)の情報世界へ没入を繰り返している。
いつもの生温かさが、僕へ向かってくる。そしてあっという間に僕を被覆する。
僕はいつの間にか、この体感に馴染んでいる・・・。あまつさえ、この体感を求めてもいるのだ。
「セッションの度にわたしに報告してちょうだい」
エージェントのアルジズにはそう言われている。
しかし、僕はしなければならない報告を、ずるずると伸ばしている。
なぜなら、FHの情報世界をどんなふうに言葉にすればいいか、悩んでしまうからだ。
そこは邪悪な狂気が跋扈する森だった。死と泥とがすぐ近くまで迫ってきた。
・・・そこで僕が体験したことを意味のある文章に書き表すことは、僕にはできそうにない。
僕は、FHが記憶をなくしていると聞いても、別にいいのではないかと思う。自伝など、いくらでも捏造して書けばいい。そのために僕を雇うのだし、それでいいと思う。
わざわざなくした記憶を取り戻すなんて・・・。僕が掬い上げたストーリーは、FHのものであるはずだが、僕が抱えていてもおかしくないストーリーなのだ・・・。そんな気がしてならない。
あれが真正な、FHに帰属すべき記憶だと誰が証明してくれるというのだろう・・・。
だから、僕はアルジズにうまく報告をすることができずにいるばかりか、もらった前払い金を返さなければならないようにも思う。