【超短篇】knock_knock
駄菓子しかつまみの無い呑み屋でバイトをしているという、よるいちさんという方のnoteをおもしろく読ませていただいた。その不思議な呑み屋のイメージに触発されて書いた断片です。
駅から家へ帰る途中に、新しくバル? 立ち吞み屋? が出来た。「knock_knock」というサインの懸かったその店に、俺はしばしば寄るようになった。
路地にある、カウンターだけの簡素な店。内装はMDFで造られていて、すっとんとんで、スカスカしている。
俺とおんなじで、すっとんとんで、スカスカ。
だから居心地がよくて、俺はそこに懐いたのかもしれない。
店はいつもきれいに掃除してあって、店の前の路地にもゴミ一つ落ちていない。
その店のつまみは、出来合いのスナック菓子だ。俺はいつもポテト系の菓子を食べる。
ポテチ。ポテロング。ポテコ。塩気と油っ気がすきなのだ。
「いつも本を読んでおられますね?」
その日、俺は初めて店の人(店長?)に話しかけられた。
「あ、構いませんよ、ぜんぜん」
店長はにっこりすると、俺がさっきから指を拭いていたおしぼりを替えてくれた。
ページをめくるときに油でよごれるのが嫌で、俺はさっきから無意識におしぼりで指先を拭いていたのだ。
「ありがとう、ございます」
俺はなんか、いい感じのバーで生成される雰囲気みたいなやつの予兆を感じてたじろいだ。ここはクリーニング屋と歯科医に挟まれた、すっとんとんの空間のはずだけど?
店長はなおも俺に話しかけてきた。
「よかったら、今読んでおられる本のあらすじを話してくれませんか? できるだけ、かいつまんで」
(できるだけかいつまんで?)
「いえ、私も本がすきなんですが、バタバタしているうちに一日が過ぎてしまいます。お客さんはいつも楽しそうなご様子なので、うらやましくて」
「はぁ」
「ちょっとあやかりたいと思ったんですよ」
「えーと、そうですね。今読んでるのは『クラウド・アトラス』っていう本で、何か、生まれ変わりっていうか、そういうことが起きるんです」
店長は仕事の手を止めて、俺が閉じた本の角を指で撫でるのを見ていた。
「で、言えるのはまだそこまでです。今読み始めたところなんです」
「あぁ、そうなんですね! でも、もうすでに楽し気ですよ」
店長は満足そうににそう言うと、入ってきた新しい客の方へ向かった。
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