私の中の女性性
いつの日か、可愛らしい服や色・女らしいデザインや趣味や感性を手放していました。
いろんな理由があるけれど、人から揶揄されたり、嫌味を言われたり。また、相手から強く出られたりなど様々な記憶がよぎります。
「考えすぎよ」と言われるかもしれませんが、人の意識の力はとてもとても強く周りに影響を及ぼすものです。
ある意味では 時は今、 女性がキラキラとして 女でいられる世界じゃない。そんな男性中心の世界でした。
女性らしさを置いてきてる、そんなこともいつのまにか忘れていました。 私の感受性が求めていたものそれは、思い切り自由に愛し愛される、という関係。私の中ではずっとそれがとても自然な関係性なのです。
可愛く愛らしく優しく包み込むような 寛容なな物腰でいられる私で、日々生きていきたい 。その気持ちが堰を切ったように溢れてきたのです。
同じ魂 の人と出逢ったから。
優しく厳しいことばをかけられて、 最初はゆっくり恐る恐る、 そのうち急激に本来の柔らかさを取り戻してきたのです。
私の中の女を受け入れ 解放している、素の私を。
なぜそのままでいることを拒否するの ?
私が私であろうとすることを遮るのは何 ?
それはよく見つめてみると 私自身によってでした。
私が自分の頭の中で判断して、裁いて、勝手に決断して 私の中の女をシャットダウンしていたのです。
その中に在ると何とも言えない 甘やかな感性の世界。それが、私らしさの大事な要素だと知っていたのにもかかわらず。
まだまだ完全ではなく 扉が開いたばかりです。 もう一つの顔が覗くにつれ 不思議にも 男性性もが顔を出してくるということが起こっています。
女性性が顔を出すと、全体がまた大きく変わり、変動が起きるのでしょうか!
アニマとアニムスが出会い 同時に解放されていく。
私は長年、人格形成と熟成とがその人の中に宿っているようなそんな人に憧れてきました。男性でも女性でも。そういう「粋な大人」に自分も近づいているのかもしれない。
魂の人と出会い、彼の存在が私を開かせて人生を大きく変える予感がしています。
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