新聞が書かない「県議会特別委」廃止の深層
山梨県議会を舞台になんとも不可解ことが起きている。いや、山梨に限らず、どこの地方でもよくある“風景”なのかもしれない。建前としては本来、県民の利益のために活動するべき県議会議員の一部が、地元有力企業の代弁者のような言動を繰り返しているとしか思えない、そんな現状を報告する。
背景にあるのは「山中湖畔県有地問題」
ことの発端は、今年9月定例県議会初日の9月21日に「県有地の貸付に係る調査及び検証特別委員会」(旧特別委員会)の廃止が賛成多数で可決されたことだった。廃止の動議を提出したのは、自民党会派「自由民主党・山梨」、「自由民主党新緑の会」、非自民党系会派の「未来やまなし」の県議である。
山梨日日新聞など地元メディアの一部は「議会の役割放棄」「議会の死」などと辛辣な表現を使って批判を煽った。確かに、特定の委員会の廃止は議論の機会喪失という側面はある。しかし、なぜ廃止の動議がなされたのか、この委員会ではいったいどんな議論がなされていたのかなど、廃止に至る過程を正確に伝えなければ公平な報道とは言えないだろう。
言うまでもないことだが、旧特別委員会廃止の背景には、ここ数年の県政のホットイシューである「山中湖畔県有地問題」が横たわる。
山中湖畔県有地問題とは、2017年10月に南アルプス市在住の県民が歴代県知事を被告として、山中湖畔県有地の地代が適正でないことを理由に〈知事は(賃借人である)富士急行等に対し適正地代との差額等を請求せよ〉との訴訟を提起したことで顕在化した。
山梨県は山中湖畔に所有する約440ヘクタールの土地を90年以上も前から富士急行(当時は富士山麓電気鉄道)に貸し付けていた。富士急行はその土地を開発し、別荘地として利用者に転貸(また貸し)するビジネスを展開している。原告の住民は、その際の県の貸付賃料が不当に安いと主張したのだ。
賃料問題を放置すれば県民の利益に反する
県は当初、原告の住民と争う姿勢だったが、2019年2月に長崎幸太郎知事が就任したことをきっかけに見直しが進められた。新たな鑑定を行った結果、2017年時点で県が受け取っていた約3億円の賃料に対して、本来受け取るべき賃料は約17億円~20億円だということがわかった。地価が高騰していた1997年まで遡ると、当時の賃料約5億円に対して適正賃料が約55億円~63億円にものぼることもわかった。現在の賃料をそのまま放置すれば県民の利益に反することは明らかだった。
長崎知事は、富士急行に対して適正な賃料を請求する方針を示し、住民訴訟への対応を180度転換させ、和解を模索することになる。地方自治法上、この和解には議会の議決が必要なため、2020年11月議会で特別委員会が設置され、和解案の審議が付託された。これが今回、廃止された旧特別委員会ができた経緯である。
だが、結論から言うと原告住民との和解は成立せず、決裂した。旧特別委員会での和解案の審議が時間切れで継続審議になったからだ(原告住民が11月議会での議決を和解条件としていたため)。裁判はいまも継続中だが、県有地の貸付に関して適正賃料を請求するという県の方針は変わっていない。
こうした動きに猛反発したのが、山中湖畔の県有地を借りている側の富士急行だ。民間企業としては当然だろう。年間約3億円という格安料金で借りていた土地が、いきなり3倍以上になるというのだ。だが、長崎知事は「県有地は県民全体の財産であり、適正な対価で貸さなければならない。賃料の適正化は知事としての責務である」と一歩も引かない。対立は「県民全体の利益」を守るか、「県内有力企業の利益」を守るかの構図にも見える。
富士急行は2021年3月に県を相手取って賃借権の確認と仮の地位を定める仮処分を求める訴訟を起こす。県もこれに反訴する形で、県が考える適正賃料と実際に支払われた賃料の差額のうち消滅時効を考慮した分(2001〜2003年、11~13年の4年分)約93億円の損害賠償請求をすることになった。冒頭の旧特別委員会廃止“騒動”は、こうした利害が絡み合う中で発生したというわけなのだ。
誰が「特別委」廃止に反対しているのか?
ではなぜ、旧特別委員会は廃止されなければならなかったのか? 旧特別委員会ではどんな議論がなされていたのか? その謎を解くカギは、旧特別委廃止動議に対する議各会会派の賛否の状況に隠されていた。会派ごとの立場は以下のとおりだ。
〈賛成〉
・自由民主党・山梨……7人
・自由民主党新緑の会…5人
・自由民主党星青雲会……1人
・未来やまなし(立憲民主党系)…6人
・公明党……1人
計20人
〈反対〉
・自民党誠心会………13人
・リベラル山梨(立憲民主党系)…1人
・共産党……1人
計15人
廃止の動議が可決された翌9月22日付の山梨日日新聞には〈知事派が動議、可決〉との見出しが躍った。賛成した県議は「富士急行に適正な賃料を請求する」という知事の方針にも賛同している。この県議たちを、山梨日日新聞は「知事派」と名指しした。
一方、自民党誠心会を中心とする県議は、「富士急行に適正な賃料を請求する」ことに反対する人たちだということになる。だが、反対する理由や理屈について、地元マスコミではなぜかほとんど触れられていない。
今回俎上にのぼった旧特別委員会はメンバー16人のうち、9人が「賃料適正化に反対」派で、7人が「賃料適正化に賛成」派だった。そして、委員長で自民党誠心会会長代表の皆川巌氏は、大学卒業後、富士急行の元会長で元衆議院議員の堀内光雄氏(故人)の私設秘書を長く務めた。委員長就任直前まで、富士急行の子会社である富士急山梨バスの非常勤嘱託社員だった。
賃料適正化に賛成する県議によれば、特別委員会では、県有地全般について、「これまで県が受領していた賃料が適正か」「今後、どう改善していくべきか?」といった議論はほとんどなされなかった。訴訟で富士急行側に有利な情報がないかと嗅ぎまわるかのような質問が、県執行部に対して執拗なまでに行われていたという。
前述のように山中湖畔県有地に関しては3つの裁判が続いている。県執行部としては、裁判上、言えないことも少なくない。国会の政府答弁などでも「係争中の事案につき、お答えは差し控えたい」という場面を見たことのある人は多いだろう。にもかかわらず、皆川委員長を筆頭とする富士急派県議は、そこを執拗に責めてくる。廃止動議を提出した自民党県議は、「司法の判断が確定した後に、改めて(議会で)議論すればいい」と主張した。
また、一般に「特別委員会」とは予算委員会など会期をまたいで常設される常設委員会とは別に、原則として会期ごとの個別案件に応じて設置されるものだが、旧特別委員会はすでに3つの定例会をまたいで設置されたままになっていた。このような常設化は厳密に言うと地方自治法違反の可能性もある。
そんな長期間設置された旧特別委員会での議論は、知事が決めた弁護士費用が高すぎるといった裁判手続きに関する議論に終始するようになっていった。弁護士費用は訴訟額に応じて日本弁護士連合会が決めた基準によって決まるものめることは議会も了解しているはずだが、ある県議は「この旧日弁連の報酬基準が必ずしも正しいとは思わない」と言い出す始末だった。
県職員に4万枚もの資料をコピーさせていた
そして決定的な出来事が9月16日に起きた。県執行部に対して裁判に関する膨大な量の資料請求があったのだ。請求した資料の量はなんと4万枚におよぶ。担当の県職員は要求に応えるために丸2日の時間を要したという。そんな大量の資料を、請求した県議は読んだのだろうか。この件に関して、県有地特別委員会の廃止動議を提出した県議が、9月30日の本議会でこう批判している。
「このような膨大な手間をかけずとも、裁判の状況はポイントを絞ることでより具体的に把握することができるのです。執行部がかわいそうだと言っているのではありません。執行部の人件費は県民の血税から賄われていることを理解していないのか、と指摘したいのです」
また、この日の本会議では同じ会派の別の県議からも、次のような発言が相次いだ。
「特定企業の保護のために議論をしているようにも思えるふしがある。県民からの負託を受けた県議会議員の責務と考えているのか? 特定企業を保護するために議論する時間と労力を県民の利益のために使おうと思わないのか」
「廃止の前の同委員会の運営は、少しでも特定の企業に利するための情報の追求とも思えるような議論が多く、県民の利益を第一に考えた議論が乏しく、もはや県民のための健全な議論ではなかった」
「裁判の内容を根掘り葉掘り聞きだそうとする姿勢や、それに同調する議事運営は、裁判上、特定企業に利する情報が少しでもないものかと、嗅ぎまわっているようにしか見えなかった」
一方、特別委委員長の皆川県議は「特別委の廃止は、言論の府である議会を否定する行為だ」と記者団に話したが、「なぜ特別委が必要なのか」「賃料適正化になぜ反対するのか」という本質的なことについては一切述べなかった。
賃料適正化に反対する県議のこうした態度には疑問が残る。また、この問題を報じるメディアは、賃料の適正化に反対する県議に理由を問いかけるなど、もっと山中湖畔県有地問題を論理的に、建設的に報じる必要があるのではないか。
旧特別委員会は廃止されたが、議会として県民の関心の高い県有地の貸付や賃料について県民目線から議論を交わし、きちんと執行部に対して意見を伝える場が必要であるという理由から、9月30日の本会議で新特別委員会(県民のための県有地の貸付及び賃料に関する特別委員会)を設置することとなった。設置を準備したのは、旧特別委の廃止に賛成した県議たちだった。
新特別委員会では、旧特別委員会の問題点を踏まえ、裁判で係争中の県有地に関する議論を除くこととした。これによって、県民のための本来の議論に集中できるようになった。
一方で、旧特別委員会存続に固執した県議らは相も変わらず裁判で係争中の県有地を議論するための特別委員会の設置案を提出したが、こちらは賛成少数で否決された。
山中湖畔県有地問題は〝政争〟ではない
山中湖畔県有地問題はしばしば、「長崎知事vs.富士急行」の政争だと言われる。
ここまで読んでくださった方々は、いまもそうお考えだろうか。
これまでの経緯を詳細に振り返ると、山梨県議会の中にはどうしても特定企業のための主張に労力を傾注したい勢力が一定程度いるようにしか思えない。つまり、地元メディアなどが報じる「知事派」vs.「富士急行派」の構図は、「県民全体の利益を守る勢力」と、「県内有力企業の利益を守る勢力」と置き換えることもできる。
山中湖県有地問題を「政争」と言うのは、「何事も政治家の権力闘争」と結論づける陳腐な考え方だろう。簡単な構図にあてはめることは、他人事として痛快で楽だ。ただ、その結果、損をするのは誰なのか。答えは県民である。山中湖県有地問題を冷静に建設的に考え、県議の行動に目を光らせることが、回り回って県民ひとりひとりの得につながっていくことを忘れてはいけない。
(おわり)
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