ケケケのトシロー 9
(本文約2500文字)
二人が歩く川沿いの道にはいくつかの橋が架かっている。そのうちの一つが『ふき橋』だ。橋を渡らずに右へ折れていくと俺が住むマンションがある町。左へ橋を渡ると隣町。長く住んではいるが隣町には親しい人もおらず行くことは少ない。川を挟んで校区も変わるので子供が小さい頃も行き来することはなかった。キダローは左に折れ、ふき橋を渡っていく。
「キダローはん、俺の家、あっちなんですけど」
「そうか」
「どこ行きますの?」
「どこ行くって、お前、あいつに天誅やんか」
キダローは歩を緩める事なく進む。
「あの兄ちゃんの家、知ってるんですか? こっちでっか」
「いや、知らん ケケケ」
俺は右膝がカクンとなり『知らんのかい!』とあくまでも心の内で突っ込む。
「あいつの居場所を探ってもらいにいくんや」
なんや? 探偵でも知ってるんか? それにしても悠長なこっちゃ。それやったら家に帰りたい。はよ帰らんと真由美が……
キダローがふいに橋の真ん中で立ち止まる。
「お前、この橋の名前知ってるか?」
「この橋? これは…… 『ふき橋』でしょう?」
「昔は『帰らず橋』と言われとった。川向うにはその昔、刑場があったんや。そやから罪人がそこへ送られるのにこの川を渡ったら、二度と帰れんから『不帰橋』と言われたんやな。今は『ふき橋』で地図に載ってるから、そんな話は知らんやつがほとんどや」
それは俺も知らなかった。刑場址と言われても、そんな史跡があるとは聞いたこともない。今は住宅地で会社や商店も沢山ある。多少、地価は俺の町よりも安いが、治安が悪いとか変な噂も怪談めいた言い伝えもない。
「そやけどそれは大昔でしょう? 今は自由に行き来してるし」
「そうや。けどな、伝わるもんはあるんやで ケケケ」
そう言ってキダローはまた歩き出す。俺は気味悪く感じながらも後をついていく。渡り切ってすぐ、小さなお地蔵様が祠に祭られているところでキダローは一礼をし、そのすぐ横にある二階建ての家の前で立ち止まった。俺は慌てて同じように祠に一礼をする。さっきの話で、普段何も感じなかったお地蔵様にまで何やら背筋がひやりとする。
そこは『ふき時計店』と小さな木看板を掲げた家だった。ここに時計店があったこと自体、俺の記憶にない。時計店ならばショーウインドウに腕時計や貴金属品などが並べてあり、道行く人の目に留まるような店構えをするものだろうが、ここにそれらは無く、古い民家によくあるガラスの入った格子戸の玄関が迎えるだけだった。
「ごめんやで」キダローが声を掛けながら中へ入り、俺も続いた。中は店とは思えないくらい薄暗く、ショーケースはあるものの、腕時計が10点ほどあるだけで、壁にはこの家の時計と思われるこれも古そうな振り子時計が4時半過ぎを指している。
「へぇ、いらっしゃい。今日はなにしましょ」ショーケースの向こうから声がする。
「こいつをどついた奴を探してほしいねん」
キダローは声の方向に向かいそう言ったが、俺にはこの店の主が見えない。
「キダローはん、ここのご主人どこにいてはるの?」
「あ、そうか。こいつはわしの弟子みたいなもんや、姿、見せたって」
キダローがそう言うと「さよか」とまた声が聞こえ、ショーケースの後ろ側の薄汚れて灰色にしか見えない壁が一瞬歪んだ。そしてぼんやりとしたシルエットが現れ、次第に婆さんに変わっていった。
「あんたがツレを連れてくるのは久しぶりやな」
「そうやのう、あ、今日は時間無いから早速頼むわ」
「へぇ、まかしといて」
そう言って店の主の婆さんは、俺の顔をじっと睨んだ。俺はロックオンされた戦闘機パイロットのように体が硬直した。ただし、俺は飛行機にすら乗ったことはないが。
婆さんは俺の顔の無精ひげの本数まで数えたかと思うくらい観察したあと、ショーケースの中の腕時計を1つ取り出し、なにやら呪文のようなものを唱えだす。
「ソヤタヤウンタラタ…… ふん!」婆さんは時計を掲げる
「女で、しかもこの術、使えるのはこの人だけなんや。この1300年間でな」キダローがさらりと言うので、俺は『ふーんそうでっか』と返したが
「えー! 1300年!? この人、いくつ?」
「ノーマク…… あんた、女の歳、訊くな~、ソヤタヤ…… ふん!」
婆さんは呪文みたいなのを唱えながら俺に文句を言う。なんか嘘くさいな。というか、なんやねんこの婆さん。
「いえい!!」気を入れた声が婆さんから発せられ、婆さんはにたりと笑った。前歯がなく歯茎だけだった。とても愛らしいとは言えない。が、笑顔ではある。少しちびったかもしれなかった。
「ほれ、この長針を追っていけばええで」
「ありがとさん。『フキ』さん、これから忙しなるかもしれんで」
「そうみたいやな、どうも雲の流れがおかしいと思ってたんよ」
「橋の守りは頼むで、帰るやつを止めなあかん」
「まかしとき、まだまだそこらのガキには負けんでね。ケケケ」
「頼もしいな ケケケ」
なんやねん、二人でケケケ、ケケケって。気色悪いな。しかしこの婆さんもキダローの仲間ということやな。1300年といっても、まさかそれだけ生きてるというわけではないやろ。マジでバケモンやん。しかし、キダローもこのケープも、普通じゃないわな。
「いったい、あんたら何者なの? もうそろそろ教えてーな」
俺はキダローとフキさんに訊く。キダローとフキさんは顔を見合わせ、お互いにケケケと笑った。
「わしらはな『帰らず橋』の門番や。この場所はこの世を護る最後の砦というわけやな」
「最後の砦…… 門番? ここが? 砦って、破られたらどうするの?何がやってくるの?」
「この世を滅ぼす悪い霊が大挙して攻めてくるで」
「ぷっ! キダローはん、またまたしょーもない、よくあるホラー映画みたいな話を……」
俺は冗談であると言ってほしい気もして、笑い話に方向転換しようとした。しかしキダローとフキさんは目がマジになり「「冗談やないで!」」とユニゾンで言う。股間が……。
「お前も覚悟を決めてくれよ。久しぶりのケケケオーディション合格組やねんから ケケケ」
キダローは再びフキさんを見てニタニタとほころぶ。
俺はそんなの応募した記憶はないぞ。
エンディング曲
NakamuraEmi 「かかってこいよ」
ケケケのトシロー 1
ケケケのトシロー 2
ケケケのトシロー 3
ケケケのトシロー 4
ケケケのトシロー 5
ケケケのトシロー 6
ケケケのトシロー 7
ケケケのトシロー 8
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