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世界はここにある④

ーこれまでの話ー
ある日僕はいつも通りがかる公園で子供の集団と出くわす。子供達は何のために集まっているのかを聞いた僕は、子供らがやけに大人びていること、大人の関与がないことを不審に思う。集会の中心人物らしき女の子にそのことを質問した時に突然現れた男たちは僕を拘束しようとするが、その女の子が命令すると男らは僕を解き放った。
全てを忘れ関与しないことを求める彼ら。そして僕は見知らぬ彼らが僕の名前や親と連絡をしたこと、買い物をしたことなど、数分の関りの間に把握したことに恐怖を覚えた。



 3日間僕は部屋にこもり続けた。会社へは体調がすぐれないと連絡をして有給申請をメールで送った。感染症が猛威を振るったときに在宅ワークのシステムが確立されていたから適当な時期に上司に相談をしてもいい。普段わりに真面目に働き休みもとっていない僕は、上司や同僚から必要以上に心配をされたがあまり申し訳なくも思わなかった。事実、僕は小さな子供からのたった一通のショートメッセージで外に出られなくなっていたからだ。

 8階建てマンションの5階に住む1LDKの僕の部屋から、あの公園は逆方向で見えないことが救いだった。見えていたなら締め切ったカーテンの隙間から24時間探り続けたかもしれないし、逆に監視されないかと窓に近づけなかったかもしれない。今、窓で切り取られている風景は経験上普通の景色だ。見かける住人らしき人の生活や人生を窺えなくても、平々たる時間が過ぎているように思う。それを今まで安心と錯覚していたのかもしれないが。

 僕は出来る限り論理的にあの事を考えた。
 
 まず、多数の子供達の集会は奇妙ではあったが、桜木のような男達がおり、ゆうたという男の子が親らしき人と歩いていたことから、すくなくとも大人が何らかの形で関わって開催されているとしたら可能なことだ。目的や意義はわからない。しかしそれは桜木が言った様に僕には関係のないことだ。
 
 僕に立ち退くように指示をしたのは防犯的なマニュアルに沿っての対応だったのだろう。そう考えれば僕の不本意は別にして説明はつく。
 
 名前を知られていたのはなぜだ。
 僕に接触したときに持っていたスマホのデータをスキミングしていたなら?。電話の件もコンビニの支払いも違法ではあるが技術的には可能だ。ドラマや映画の中では当たり前の小道具だろうが、僕は主人公ではないしヒーローでもない。偶然に通りかかった僕にそんなことをしてくる必要はない。僕は現実に生きてきた特徴のない男のはずなのだ。

 会社からの連絡以外に僕のスマホやPCにはなんのアプローチも見られない。監視されているのかもしれなかったが、あの時も危害は加えられなかった。桜木に何処かへ連れていかれたとしても拘束まではされなかったようにも思える。勿論それは僕の推察でしかないがとにかくあの子のメールには「ありがとう」とあった。僕が何もしなければ安全は確保されるということだろう。結局、あの子供達の正体はわからない。こんなことに3日間も閉じこもったことも傍から見れば謎なのかもしれないと無理に笑ってみた。

 そう言えば今日は土曜だ。街を歩く人も普段よりはゆっくりとして多いだろう。僕は着替えて外に出ることにした。

 寒さはさほど感じず、日差しは春先の暖かさをまとわせる。待ち望んでいた普通を人や車とすれ違う度に感じる。もう忘れた。それで何も僕には問題がない。
 
 例の公園の入り口に差し掛かって様子を窺うと、やはりいつもの休日の光景だ。年寄りの小宴会。親子連れが遊んでいる。ベンチに座ってスマホを見ている若い男性。買い物帰りの主婦とすれ違う。意識せずに見慣れた光景に安堵する。

 僕もあいているベンチに腰を下ろし、しばらく公園の様子を眺めていた。
何も起こらない週末。奇妙ではあったが関係のない出来事。そう、それでいい。不必要に念押しを数回繰り返した。ベンチの下に小さな折り鶴が落ちている。遊んでいる子供が落としたか忘れたのだろう。落ちているものすら平和だ。

 駅前まで出てスーパーを回り食料品を買い込んだ。コンビニへも寄り、半分も読まない雑誌を買った。喉が渇いたのと小腹が空いたこともあって、ハンバーガーショップに入った。セットメニューを頼んで上階の飲食スペースで席を探す。窓際のカウンターが数席空いていたので、一番端に座りハンバーガーを頬張りながら行き交う人を見下ろす。もう、特段に平和の感受もなくぼんやりと街の日常を見ながらまた一口頬張った。

 駅の端に高いアンテナ塔が建っている。あんなのあったかな?いつの間に建てたのかと思っていた時に、背中に何かが当った。「あっ、すみません」と大きめの背負うタイプのカバンを持った男性が僕に言った。
僕は無言で軽く会釈をしてまた頬張る。そう、他人との関りなどはこの程度が普通なのだ。

 部屋に帰って冷蔵庫に食材を入れようとした時、袋の中に覚えのない封筒が入っているのに気付いた。駅前でビラを配っていた人がいたがもらってはいない。封筒はどこにでもあるような郵便のサイズで封もしていない。逆にそれに安心を覚えた。きっちりと封をして無記名のものを不用心には開けられないし、デジタルではないがこの前の一件もある。僕は躊躇もせず封筒の中身を見た。中には手書きのメモが一枚あった。

『君に伝えないといけないことがある。それは君に最近起こった出来事に関係してる。とにかく一度俺の話を聞いてほしい。絶対に口外しないでほしい。スマホの電源は切れ。明日の13時に今日行ったハンバーガーショップへ来てくれ。
俺は奴らの仲間じゃない。そして君のこれからの運命はある程度想像できる。頼むから来てくれ、俺以外に君を君のままで助けることができる奴は今のところいない。この街の住民の半数以上は奴らに感化されてる。用心しろ』

 続く

 

エンディング曲
Perfume 「Spinning World」perfume公式


世界はここにある①
世界はここにある②
世界はここにある③


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