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ケケケのトシロー 17 

トシローはやんちゃな兄ちゃんカズに絡まれているところで偶然出会った不思議な人物キダローに、不帰橋の破られた結界から悪霊が世界に放たれていることを聞く。そしてキダローが持つ強力な法力をまじかに見るが、憑依された人間をいとも簡単に始末してしまうことに疑問を抱いた。キダローに修行を促されるトシローはケープを纏っての体さばきを習う。キダローの盟友でベストセラー作家でもある瀬戸内海小豆先生も加わり、トシローは事の発端を彼らに問う。

前回までのあらすじ


(本文約3500文字)

「先生、何があったんですか。ベストセラー作家が急に出家されてしまったのもビックリしましたけど、まさか先生がキダローはんと一緒に悪霊退治やなんて」
 瀬戸内海先生は唇を一度かみしめたあと、堂の天井を見上げる。キダローは茶を飲み干し、茶わんをじっとっ見つめていた。沈黙が流れる。そこには苛烈な戦いであったろう過去の映像が蘇っているように感じた。

「私が『悪鬼の舞』を書き上げたときにそれが始まったの……」
 先生は著書の最初の頁を読むように話し始める。『悪鬼の舞』は勿論読んだ。神官でありながら女性を騙し、肉欲にまみれ金を巻き上げた挙句、ついにはその女性を殺してしまうというまさに鬼畜な男の話だ。ラストは巫女に神事の際中に殺されるという主人公をリアルに描いていた。

「あの物語の主人公にはモデルがいたの。その人物は20年前に実在したんだけれどその事件は一切、公になっていなかった。私はある人からこの人物の話を聞き、独自に調べてフィクションとして物語を書いたの。その後にあいつらが集まりだした……」
「あいつら?」俺はキダローが倒したゴロツキどもを思いだした。けれど瀬戸内海先生の周りにあんな奴らが寄ってくるのは似合わない。

「ザコの悪霊や」キダローが呟く。
「小豆ちゃんは自分が書いた小説の中に小さな端境を解く言葉を偶然に書いてしまったんや。それでもそれはザコの悪霊しか入り込めない程度のもんやった」
「それはあの不帰ふき橋のことですの?」
「いいや違う。そんな大したもんやなかった。けど、ザコ共でも集団になると思わぬ力を発揮する。そいつらは不帰橋の結界を打ち破るために、取り付いたワルを使ってあの神社の…… わしらが入ってきたところの神社な。あの神社の御神体を壊したんや。あそこは不帰橋の結界を守る役目を担ってた。そこで一気にえげつないのが世間に解き放たれだしたんや」

「私があれを書いたばっかりに……」瀬戸内海先生は俯いてしまった。
小豆あずきちゃんは悪いことないよ。ほんまに偶然やったんや。わしがそれに気づいたんは小豆ちゃんが一人で戦いだしたからやしな」
 キダローは瀬戸内海先生を気遣いながらそう言った。
「先生が出家されたのは、そしたらその悪霊を退治するとかということやったんですか」
「退治なんかできんよ。それに小豆ちゃんは柔術の心得はあっても、法力は使えん。小豆ちゃんはな、そのザコどもに集団で悪さされようとしたんや。そこにわしが悪霊の匂いを辿って小豆ちゃんの危機一髪のところをなんとか救い出したんや」

 俺は『悪鬼の舞』の主人公を思い出す。それは悪霊に取り憑かれた醜悪な姿だった。瀬戸内海先生はカズを投げ飛ばしていた豪気さや笑顔のチャーミングな感じは消え失せ、抱いた恐れを滅する為に合掌をする。

「トシロー。お前はなぜわしがそのケープを預けたかわかるか?」
 キダローは俺に答えようのない質問を投げかけた。そんなことわかるわけがないやんか。おれはずっと思ってる。なんで俺やねん。
「なんで? こっちが訊きたいわ」
「お前は弱いし、すぐちびるし、腕力ないし、逃げ足だけ早いし、しょーもない嘘つくし、嫁によう逆らわんし、すぐ泣くし、足腰悪いジジィやし」
 おい、そんだけよく悪口言えるな……

「そのくせ正義感は多少はあるけど、口には出さんし、そういう意味で卑怯やし……」
「もうやめて! それやったら俺、こんなんいらんわ、腹立つ!」
 俺はケープを脱ごうとした。その手をキダローがぐいと掴む。うわ、熱っ! なんやねんこの熱い手は? 掴まれた手を振りほどこうとするがびくともしない。シャレにならんがなとキダローの目を見るとその瞳の中に炎がメラメラと燃えているような感じがする。50年前の劇画か! とつっこむ余裕はない。

「それやからええねん。お前はこの街の中でも、ずば抜けて悪霊を飲み込んでもええキャパシティの深さがあるんや」
「なんやそれ」俺は褒められてるのか貶されてるのか。

「今のやつらはな、弱い奴は逃げ回るくせに陰で偉そうにゴタクを並べる。強い奴は自分の正義だけを振りかざす。中間の奴らは見て見ぬふりしかせん。そんな奴らは悪霊への耐性が弱いんや。すぐに乗っ取られる。けどな、お前みたいに心底情けないやつは、悪霊のほうも利用価値がないねん」
 
「え、それって悪霊にもバカにされてない?」
「まあ、そうとも言えるな」
 合掌していた瀬戸内海先生の肩が小刻みに震える。顔は俯いたままだがこれは絶対ワロてるやろ……

「ホンマに強さを持った人間は戦える。しかし力と力のぶつかり合いはどっちが勝ってもエネルギーをすり減らす。悪霊の力も減るんやで。勿論、わしらも」
「えー、ちょっと待って。正義が勝ったら正義の力が強くなって世の中がよくなるとか違うの? 逆に悪が勝ったら人類滅亡とか、映画や小説ではそうなるよね」
 キダローは俺を掴んでいた手を離し、かいていた胡坐から正座に座り直した。

「それはそうやけどな、消耗戦なんや。完全勝利はありえんのや。だから太古の昔から神もおれば悪魔もおる。常にな。完全な片方の勝利は得られんかった証拠や。そしてこれからもな」
 
 俺はなにやら胸騒ぎがする。ちょっと待てよ。

「あのー、キダローはん。そしたら訊くけどね。キダローはんも、いつかは負ける時がくるかもしれんと?」
「そうや」
「で、俺がそれを引き継ぐと」
「そうや」
「で、俺もいつかは負ける時がくると」
「そうや」
「で、そこで終わりと」
「そうや。いや、それでは困るのでその前に誰かに引き継ぎを……」
「そんなアホな、ハッピーエンドじゃないんかいな」
「そんな漫画や映画みたいな結末はない。世の中そんな甘くはない」
 
 キダローはキッパリ言い切った。その横で瀬戸内海先生は先ほどの暗い感じはもう無く、お茶菓子を頬張っている。なんちゅうやっちゃ。もうこいつの本は買わん。責任感ないんか、あんたは。
「やっぱ帰ります」俺はケープを脱いだ。今度こそ脱いだ。帰る。帰らしてくれ! 真由美に怒られるし、はよ帰らな。

「トシロー! お前はそんな中で人類の救世主かもわからん」
「かもって…… ちゃうかもしれんやん」
「かもやけど、お前には可能性があるねん。ケープを初めてで使えたのがその証拠や!」
 キダローは横で喉にお茶菓子を詰まらせ、うーうー言い出した瀬戸内海先生の背中を叩きながらそう言う。先生、食べながら笑ったらそりゃ咽るで。
やっぱりもう二度とあんたの作品は読まんからな。

「そんな、俺かてあとそんなに人生長くないし。あとは好きな小説でも書いて余生をほどほどに過ごしたいねん。なんでそんな危ないことに首をつっこまなあかんのよ」
 俺は自分でも珍しく思うほど憤りに任せて言葉を吐いた。そして立ち上がり脱いだケープを床に叩きつけた。もうあかん。俺は意気地なしの弱虫でええねん。真由美のところに帰る。

「お前、ヒーローになりたかったんやろ……」キダローが立ち去ろうとする俺の背中にそう投げかける。
「お前、真由美さんを救いたいんやろ。小説の中の主人公じゃなくて、自分の力で」

「何、言うてんねん! 嫁さんは別に危機一髪ちゃうやん。俺がいつも真由美に危機一髪の場面あるけど。俺らは別に悪霊なんか関係ないし! 俺は帰る! おい、カズ君、はよ起きて! 帰るで!」

 俺はのびていたカズの頬を叩いて起こし、二人で堂から出る。あいつ俺の書きかけの小説のネタまで…… なんで知ってんねん? キダローはそれ以上何も言わず、後も追ってこない。瀬戸内海先生はまだ咽ているようだった。

 くそ、なんやねん。そんな勝てるかどうかも分からん、自分の命を引き換えにしてまでそんな危ないことできるかいな。そもそも俺にはそんな力ないねんし。ケープでくるくる回れたからって、サーカスや体操の選手ちゃうっちゅうねん!

 俺はぼーっと歩くカズが後ろにいることを確認しつつ、もと来た道を辿って歩く。周りはいつしか霧のようなものに包まれ、気づけばあの神社の倉庫の前に着いていた。

「カズ君、今日はこのまま帰ろ。暫くはもうウチにも来んでええからな。ほな」
 おれはそう言って、神社の鳥居をくぐり家を目指した。カズは「へえ」と短く答え、おぼつかない足取りで駅のほうへ歩いていく。

「なんやねん。俺がなにしたっちゅうねん」
 俺はいつもの川沿いの道を歩く。不帰橋の近くで右に曲がりマンションを目指す。いきなり突風が俺の横を過ぎ去るように吹いた。その瞬間に悪寒を背中に感じた。俺は確かめるように振り向き不帰橋の方向を見る。どす黒い、稲妻を蓄えているであろう雲が不帰橋の向こうに拡がっているのが見える。

「早く帰らんと」
 俺はかつて感じたことのない気味の悪さに気付かないふりをして家に急いだ。


18へ続く


注 あくまでもこの作品はフィクションです。


エンディング曲

Nakamura Emi 「ばけもの」



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ケケケのトシロー 4       ケケケのトシロー14
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ケケケのトシロー 6  ケケケのトシロー16
ケケケのトシロー 7
ケケケのトシロー 8
ケケケのトシロー 9
ケケケのトシロー  10


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