歓喜の歌 毎週ショートショートnote【執念第一】
「キリギリスさんは演奏して歌ってばかり。だから今になって困るんだよ」
「なら、ここで僕の演奏を聴いて。その代わりに君たちの家においておくれよ」
「自業自得だよ。じゃあね。また春になれば会えるかもね」
アリの門番は木屑の扉を閉めた。
「僕の歌は最高なのに…」
キリギリスは降りしきる雪の粒を足で捕まえながら、這うように大樹の根元まで体を運ぶ。もはや歌う事は叶わない。
「いつか、僕の歌を誰かが賛美してくれる時が来るかな…」
最後の力を振り絞り羽を拡げたキリギリスは動かなくなった。
そして神もその事を忘却する程の年月が過ぎた。
東京のとある天然石販売店の店頭に珍しいものが並んだ。
キリギリスによく似た昆虫がメノウに取り込まれたものだった。
羽を拡げ今にも歌い飛び出しそうな躍動感を持った姿。
店主は言う。
「この石にはタイトルがあるんだ」
「なんです?」
客が聞く。
「執念の大地の歌」
客はその石を覗き込んだ。
街に第九が流れその年の終わりを告げていた。
完 410文字
仕事中にひらめいたので急いで書き上げUPしました。
たらはかにさんの毎週ショートショートの企画、今週のお題「執念第一」
執念のキリギリスは何億年か後に第九の「第一」バイオリンを弾いて我々に冬の到来と年の終わりを告げ、新しい年への歓喜の歌を聴かせるのです。
滑り込み投稿ですけどお読みいただきありがとうございました。