花枝さん Ep1(不定期連載)
花枝さん(仮名)は今年の誕生日で72歳になったはずである。
現役のパートタイマーで、職場最年長である。
誕生日を特に教えてもらったことはない。だが職場のみんなが知っている。
「私、昨日で67歳になったのよ」
と、毎年必ず誕生日の次の日に言うからだ。個人情報なので具体的には書かないが、毎年節分の頃ということにしておいてほしい。なんなら節分と言ってもいい。詳しくは言えない。
毎年そう言うのだ。
私は彼女と面識ができてまだ2年くらいだけれど、職場情報によると社歴15年の彼女(パートタイム)は誕生日の次の日に必ず職場の同僚に報告をしてきたらしい。
冒頭に今年で72歳というのも職場情報である。
最初はちゃんと歳をとっていたのだ67歳までは。
ところが67歳からずっと67歳のままの報告らしい。
当然、今年(2023年)の節分の頃の彼女の報告は
「私、昨日で67歳になったのよ」だった。
私は2回目(私の遭遇する)の67歳の彼女を「おめでとうございます」と祝った。
詳しいシチュエーションはこの際省略するが、作業の都合でたまたま二人になった時の会話を以下に記す。
「イヌヅカさん、アナータ、もう運んだの?」
※アナータはあなたと言う意味だ。花枝さんは必ずアナータと、なの後が伸びる癖がある。
「ああ、もう終わりましたよ。やれやれ疲れましたね~」
「やっぱり若いから早いわね~」
「若くないですよ。僕も今年で64ですよ。もうすぐ花枝さんに追いつきそうです」
ここで読者の皆さんは私が大きな間違いを犯していることに気付いているかと思う。
暗に花枝さんが67から齢をとらないことを指摘していることになってしまったことだ。
歳のわりに私はそういう他人との関係性に気を使う方だ。
やばっ!と瞬間に思った。
以下、会話は続く。
「あら、早く追い越してほしいわね~」
※花枝さんはもともと関東の人なのでイントネーションは今でも標準語である。
おっ、流したぞ。これはどう話をつなぐべきか・・・・
「私もさあ~先月、67になったところだけど…」
『さあ~?』って、えらい今日は物腰が柔らかめだ・・・
「まだまだ若いわよ~67なんて、アナータ」
「いや、64です」
「わかってるわよ、あたしよ 67は」
いや、違うでしょ・・・
「65くらいから身体が動かなくなるのよ。だから最近、少しスローになったかな~」
いや、最近って・・・・
「いやいや、花枝さんほど動ける67歳なんて、ちょっといませんよ」
「アタシはね~若い時から動くの大好きだったのよ。ちょっと知ってる?アタシさあ~ 若い時はテニスやってたのよ」
いや、知らんし・・・
「へ~! テニス!! やりますね~」
「やるの? アナータも?」
「いや、そうじゃなくて 花枝さんがやりますねーていう… すごいですやん」
「アナータ、若い時の話よ、何言ってんの? 今はやらないわよ」
いや、それはわかってるし・・・・
「67でテニスなんてさあ~ミチコさんでもやらないわよ」
そうか、軽井沢「テニスの恋」か、憧れたんだろうな・・・
ここで花枝さんは右足(だったと思う)を左足の前に交差させて身体を壁に預ける。どう見てもポーズをとっているように見える。眼は斜め上に視線をぼんやりとさせあの頃を思うように黄昏る。
「イヌヅカさん…」
「はい」
少しだが間が空く。
おい、おい、なんだ~この間は? 間が魔に思う。
「コロナかかった?」
話題、変えるんかい!! 話ないんやったらもうええですよ。
「いえ、かかってないです」
「ワクチンなんてあんまり意味なかったわよね~」
「はあ… どうなんですかね?」
「やっぱりね、食べるもの食べて、仕事して、身体動かしてこそがいいのよ」
「そうですね~」
「アタシね~テニスやってたのよ」
「はい」
ここでエレベータが来た。私はこの何とも言えないゾーンから脱出に成功した。
花枝さんがなぜ67歳なのかは誰もしらない。
以前職場でこんなことがあったという。
67になったと言う花枝さんに職場の30代の男が聞いたそうだ。
「花枝さん、67は去年だったんじゃないですか」
チャレンジャーだ。
花枝さんは表情を一変させこう言い放ったそうだ。
「アナータね、バアサンになったからって女の歳なんか聞くもんじゃないわよ、失礼よ、アナータ!」
とお怒りになったらしい。
自分から67と言ったのに…とその男は思いつつも「すみません」と謝ったらしい。
その場にいた全員が後ろを向き、肩を小刻みに震わせて笑いを堪えていたという。
花枝さんの謎は永遠に解けない。
Ep2へ続く…と思う。
NNさん https://note.com/amisima7
から笑える話とリクエストされ、お言葉に甘えてちょっと笑えるのを不定期で書こうかなと始めました。コーヒーブレイクにどうぞ。
花枝さんは実在の人物です。尊敬してます。いい人です。
God bless you please, Mrs. Hanae
Mrs. Robinson
Simon & Garfunkel
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