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ケケケのトシロー 22 

不帰橋のフキ時計店から現れ、その毒針でフキさんを串刺しにした大サソリは、キダローとトシローの連携プレーにより退治された。しかし悪霊のこの世への侵入を阻止し守っていた不帰橋の関所、フキさんの時計店は無残にもがれきの山と化してしまった。

前回までのあらすじ


(本文約1850文字)

 跡形もなく破壊されたフキ時計店。俺とキダローはその変わり果てた様子を黙って見ていた。ちらちらと見るキダローの横顔には、ケケケと笑ういつもの表情はない。長年一緒にこの橋を守ってきたキダローとフキさん。その時間を哀しみの中で思い起こしているのだろうと、俺は漏らしている分際で小説家らしく心情を頭の中で描いてみた。

 流石に不謹慎かと思い我に返る。俺もフキさんを守れなかった悔しさと悲しみはある。もう少し俺に力が、というか、あの時、修行から逃げ出さずに続けていればフキさんを助けられたのかもしれない。

「いくで」キダローは振り切るように踵を返し、橋へ戻ろうと歩き出す。
「ちょっ、ちょっと待って キダローはん」
俺は慌ててその背に声をかけた。行くってどこ行くんや。フキさんは? このひっくり返ってる町の人らは? 放ってそのままどこへ行くの。

「待って、キダローはん、ちょっと。フキさんあのままにしとくんかいな」
俺の言葉にもキダローはあゆみを止めない。
「おい! ちょっと待てや。キダロー!」声を荒げてしまう。

「なんやねん、うるさいな」キダローは振り返りもせずそう言った。
「このまんまはあかんやろ。町の人ら大丈夫なんか?」
「大丈夫や。お前が悪霊浄化した。あの人らはその内に目が覚めて何も覚えてない。きっとそれぞれ家に帰る」

「そうか! フキさんもそれじゃあ」
俺は一挙に気持ちが軽くなった。そうかフキさんも大丈夫か。

「フキさんには悪いけど地縛じばくしてもらった」
「へ? 自爆? 爆発なんかしてないで?」
「違う。爆発のほうやない。地縛霊とか聞いたことあるやろ?」
「そりゃ、聞いたことはあるけど…… フキさんはだめなん?」
「そうや、フキさんは生き返れへん」
キダローは橋の半ば辺りで歩を止めて見返る。俺の目を見、そしてまだ眺められるフキ時計店のあった場所に目を移した。

「フキさんはあのままにしとく。そうしたらフキさんの霊は地縛して、あの橋の関所を今度は悪霊の力をも備えて守ってくれるんや」
「そんな、あほな…… なんで悪霊退治してたフキさんが悪霊になってまであそこを守るなんて」そんなアホな話があるかい。

「心配すな。フキさんは悪に取り込まれることはない。フキさんは月読つくよみの神のご加護がある霊力の使い手。フキさんの弱点は力技やったから攻撃力の強い悪霊には少々手を焼いてたけど、悪霊の力をも備えてあの場所に地縛すれば今まで以上の強い関守になるわ」
キダローは信じて疑わないとの面持ちでそう言った。

「そやけど、地縛霊ってその場所に永久に居座るんやろ。そこからぬけだせんのやろ? それにもし、ラスボスみたいな奴があそこから出ようとしたらフキさん、大丈夫なんか? フキさん、それでええと思てるやろか?」

 俺はフキさんのことをよく知らない。しかし、もしも自分自身だとしたら。

「今まで、ずっとそうやって守ってきてやで? 死んで…… 死んでもそんなことをさせなあかんのか? フキさんはそうしたいと言ってたんか?」
俺の問いかけにキダローは苛立った表情をみせたが、何も返しはしなかった。そして再び踵を返し不帰橋かえらずばしを渡っていく。

「俺は賛成でけん。キダロー! 俺は賛成でけへん!」
奴の背中に叫んだ。
「お前になにができるんじゃ!」
そう言い捨てたあとキダローはケープを纏い、シルエットになって町の遠景のなかに消えた。

 俺は急いでフキ時計店まで戻った。店前ではさっきまで倒れていた町の人が起き上がりだしていて、それぞれに現状が理解できずぽかんとした表情をみせている。その人たちを押しのけ、がれきの山を慎重に分け入りフキさんの姿を探した。

 フキさんを見つけたからといって、どうしたらいいのかわからん。けれど俺はそんな理不尽な死に方はいややと思う。地縛霊になれなんて、キダローも酷い奴や。なにが悪霊から守るや。仲間を地縛霊にしてまで守らなあかんことってなんや。

 瓦やら木の板やらを丁寧に取り除きながらフキさんを探した。だいたいこの辺に落ちたはずだと見当をつけて一つ一つ。

 そしてフキさんは見つかった。その姿が全て見えるようにがれきを取り除いた。

 フキさんは胸に小さなお地蔵様を抱えていた。きっとあの橋のそばの祠の中に居られたお地蔵さまだろう。

 フキさんの顔は真っ黒に汚れていたけど、少し笑っているように見えた。
俺は結局なにもできずに、パトカーや救急車のサイレンが集まりだすまで、その場でめそめそと泣くしかできなかった。



23へ続く


注 あくまでもこの作品はフィクションです。


エンディング曲

Nakamura Emi 「犬にしてくれ」


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