ケケケのトシロー 13
(本文約2500文字)
「権藤会言うたら、大きな反社のとこやろ? カズ君もそこにおるんか?」
「いや、わしはササキの兄貴の使い走りですさかい。ササキの兄貴はサトーの兄貴の盃もうてましたけどね。わしは直接関係ないんですわ」
「ほな、君はヤーさんとちゃうねんな?」
「ちゃいます。わしはカタギです」
ほんまかいな。やってた事は反社そのものやがな。俺をボコボコにしたし、金、取られるし…… あ。
「カズ君、話変わるけどな。この前のスーパーのおかずのお金やけど」
「へ? なんです? スーパー?」
カズは誰が見てもしらを切っているのが丸わかりの表情で疑問符を返してきた。
「あんたのおかずの分も払わされたやつよ、この前の」
「へ? あ~、あれね。えっと、あれはおやっさんがわしら家族におごってくれたというか、仲直りのしるしというか」
「仲直りって、俺がなんであんたに仲直りでおごらなあかんのよ。反対やろ
どう考えても」
俺は口を尖らせるが、カズは人懐っこさを武器としているチンパンジーのような顔で目をパチパチさせる。
「おやっさんほどのお方がそんなこと言うたらあきまへんで」
「『あきまへんで』って、おかげで嫁さんから小遣い減らされてるんやで。むこう三か月間も! 俺は!」
親指と人差し指と中指の三本を突き出し、カズのパチパチの視線を遮る。
「おやっさん!」今度は眉間にしわを寄せたカズの顔がその指を乗り越え迫る。
「おやっさんとワシの間は銭だけでっか!?」
迫力は少し感じるが文言に不備があるので、全然伝わらない。
「あのな~、銭だけって、そもそもそこから始まってるんですけど……」
「いいや、ちゃいます。わしはおやっさんの為に、身体はってついていきますと言うてまんねん」
嘘つけ。そんなこと聞いてないし。
「それをおやっさんはたかだか3万くらいの金でワシの心意気を潰すと言いますやなー!」
たかだか3万言うたぞ、こいつ、値段覚えてるんや。
「あー、ワシは悲しい! おやっさんに命預けますと言うてるのに~」
こいつ、金だけは返さんつもり満々やな……
「カズ君な、ちょっと聞いていい?」
「へぇ、何でも聞いて下さい」
「あんた、俺に、命預けてるの?」
「そりゃそうです。キダローの旦那にゴキにされるとこを救ってくれたおやっさんですさかい。ワシの命はおやっさんに……」
カズは膝を少し折り、両手を膝にのせて前かがみになり頭をさげた。ヤクザ映画で親分衆を出迎える子分がよくやるポーズだ。
「ふ~ん。それやったらなんでさっきな、サトーとかいうヤクザ屋さんの兄貴のことで見放さんとってとか言うてたわけ?」
「え、そりゃこのままやったらヤバイなあと」
「で、俺に助けをというか……」
「そりゃ、おやっさんしか頼れないんで……」
「あんた、それは無茶苦茶やで、俺に命預けるとか言ってやで、兄貴が怖いから何とかしてみたいなこと言うの」
「子分の命を大事にするのは親分の度量ちゅうもんですがな」
カズは俺の視線にまっすぐと応える。真剣さを顔に出そうとしているな。しかしカズ君よ、君は論理破綻しているぞ。
口に出そうとしたが、カズの膝が細かく震えているのに気付く。俺も怖い時は膝がカクカクしていた。こいつもやっぱり怖いんだ。なんだかんだ俺に救いを求めているのだろう。
「もうええわ、わかった」
俺は先に歩き出す。
「さすがおやっさんですわ。わし、おやっさんの為やったら……」
「自分の為にやろ!」俺は少々強い口調でカズの言葉を遮る。
カズは驚いたのか、それとも気持ちを見ぬかれ心疚しかったのか、黙り込んでしまった。
「カズ君、ええねん。自分の為でええ。あんたも奥さんや子供がいるんや。自分の命はその為に大事にせなあかんのや。俺の為にとか、もう言うな。そんなん俺もいらんねん」
「おやっさん…… カッコええ……」
カズの言葉が俺の背を追いかけてくる。そうか、カッコええか…… うんうん。俺の心に北島サブちゃんの歌が流れる。※₁暴れん坊将軍の主題歌『炎の男』が…… 男の俺が選んだ道だ。
「いくで」
「へい」
俺は※₂め組の頭だ。カズよ、纏を掲げついてこい。
しかし、これは正直マズいことになりそうだ。キダローに相談したほうがいいだろう。とてもじゃないが俺の手に負えることではない。
「おやっさん、図書館はあっちですよ」
カズが駅前通りを指さす。
「いや、ええ、図書館は行かん」
「ほな、どこへ行きますの」
「キダローはんの所へ行く。さっきの話をして、カズ君をどないして守るか。作戦会議や」
俺たちはあの神社の倉庫へ向かう。キダローはきっとあそこにいる筈だ。俺は持ってきたケープを取り出し拡げ纏った。なんだか力が湧いてくるような気がする。
そうだ、俺は『炎の男』にならねばならん。カズの為にも、自分の為にも。
あの神社の石鳥居の前にやってくると、キダローが待ち構えていたように立っていた。いつものケープは羽織らず、その手には俺の背丈ほどはありそうな長い杖のようなものを持っている。杖の先にはいくつかの金属の環が付いていた。
「キダローはん。何してますの?」俺は隣に長年住むおっさんに声かけをするように訊いた。
「遅い!!」キダローの怒気の混ざった声が響いた。
「え、別に約束とかしてなかったと思うけど……」
「トシロー、お前、やっぱりあかんやっちゃな」
「え?」
俺はなんのことかわからず顎を突き出した。カズは怒られている俺を見て下を向いた。笑っているのを隠すためなのはすぐにわかる。
「何がおかしいねん」
「いや、え、ワロてません…… カカカ」
ワロてるし……
「ワロてる場合やないぞ。すぐに修行を始める」
キダローの言葉に、俺とカズは顔を見合した。おいおい、ほんまに修行するんかいな。
「悪霊が一匹、橋を越えよった。フキさんも取り逃がしたようや」
キダローの静かなもの言いが、かえって俺たちの緊張をました。
「そいつは悪さをしよるんですか」
「多分、悪い人間に憑依して、わしらの目の前に現れるやろう。そいつの悪意が大きいほど、始末するのは難しくなる」
俺とカズは多分、同じ人間を思い浮かべていた。権藤会の若頭補佐サトーを。
注 あくまでもこの作品はフィクションです。
※₁北島三郎 炎の男
テレビ朝日系列「吉宗評判記 暴れん坊将軍」エンディング曲
※₂
エンディング曲
NakamuraEmi 「大人の言うことを聞け」
ケケケのトシロー 1 ケケケのトシロー11
ケケケのトシロー 2 ケケケのトシロー12
ケケケのトシロー 3
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ケケケのトシロー 10