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ラウール at TGC 2022 A/W

ラウール担になってまだ日も浅かった2022年の秋。
新米ファンとして、ラウールのTGCを見守った感想をまとめました。


はじまりは不穏

2022年9月3日

TGC当日。

日付が変わってすぐ
TwitterのTGC公式アカウントに
短いティザー映像がアップされた。

無音ではない。
しかし声も音楽もない。
ただ、空調かなにかのブーンという低い音が聞こえる。

裸の上半身にも、首にも、裸足の足の甲にも、
人の手でしつこく塗りたくられたような黒い墨の筋をつけたラウールが
まるで傷ついた鳥のように地べたに座っている。

その顔には表情がなく
床に並んだ黒いドミノの牌をそっと倒したかと思ったら
突然その中のいくつかを怒りに任せて床に叩きつけた。

最後に映し出されたラウールの足元にわずかに見えるドミノ牌の色は
白。

ほんの30秒ほどのこの動画の中で
ラウールの
静かだけれど強い強い怒りや憤りを感じて
このあとのステージでは一体何を見せられるのだろうと怖くなった。

ちょうどいい筋トレくらい


午前中だったと思う。
すの日常ムービーに動画が上がった。 

動画といっても、真っ黒な画面に声だけ。

ラウールが

この後TGCに出るけど時間は言えない、
ヒントなら出してもいいかな?
『ちょうどいい筋トレくらい』
あー、これ、わかっちゃうかなー?

という趣旨のメッセージをいれていた。

深夜にあんなに怒りに満ちた動画を上げたのと同じ人と思えない、
いつものぽやぽやと可愛い声だった。

…ちょうどいい筋トレ…

なんじゃそりゃ…

私がSNSを見る限り、誰も答えに辿り着けていなかった。


私がラウールのステージを見れたのは、仕事が終わった19時過ぎ。
30分遅れの配信を、なんとか車の中で見ることができた。

職場の駐車場にとめた暗い車中でみたそのパフォーマンスは想像していたのと全く違っていた。

ラウールが登場した瞬間から心臓の鼓動が早くなった。
息を呑んで見つめたパフォーマンスに私は完全に圧倒されていた。


RAUL × YohjiYamamoto pour homme


Thursday June 23rd, at the Aoyama Yohji Yamamoto flagship store in Tokyo...

始まりは2022年6月。
パリコレの期間中に東京青山のYohjiYamamoto本店で開催されたショー。
ランウェイモデルとしてラウールが登場したと知らされたのは明け方のことだった。

長く伸ばした髪をラフにセットし
血色を廃したメイクのラウールがゆっくりと、
すぅっと滑るようにランウェイを歩く。
やや猫背気味に
リクエストされたパフォーマンスも交えた堂々とした姿。

パリコレにモデルとして参加するという、ラウールのかねてからの夢が叶った瞬間だった。

⭐︎こちらの記事を参考にさせていただきました⬇️

それから2ヶ月余り。
TGCの舞台で、Yohjiのショーピースを纏ったラウールをふたたび見ることになったのは
ごく自然な流れに思えた。


ガラスの時代の入れものなんだ



うっすらとスモークが焚かれた薄暗いステージ。

地を這うような低い弦楽器の音が響く。

暗闇にぼぅっと浮かび上がるラウールの
黒いコートを着た背中には
手書きの白い文字で
「ガラスの時代の入れものなんだ」
と記されている。

無表情のラウールはゆっくりと振り向くと

一歩一歩、確かめるように
光るランウェイを歩み始める。

一足ごとに彼の足元から墨汁が滲み
白いランウェイを黒く染めていく。

歩みを進めるラウールの
顔にも首筋にも
ティザー映像で見たのと同じ、
黒い墨が塗りたくられているのが見えた。


あっちを向けと言えばあっちを向くんだね
こっちを向けと言えば素直に向くんだね
逆らう手間が面倒なんだね
怖いくらい冷たいんだね
人に言われて仕事を変えたり
仕事に合わせて自分を変えたり
絶望の時代だから絶望するんだね
ガラスの時代の入れものなんだね

宅配にメールすれば暮らしまで届くもんな
携帯の中にいる彼氏は優しいのかい」

歌声は耀司さんのもの。
力を抜いた声だけれど
歌っている内容には皮肉が込められている。

この歌声をバックに歩み続けるラウールは
時々ふと立ち止まり
客席の方をぼーっと見つめる。

何かを見ているようで
何も写っていないような瞳。

ラウールが見つめる先の客席では
ファンがペンライトを激しく振っている。
それに応えることもなく、そもそも見えているのかも怪しい素振りで
再びランウェイを歩くラウール。

センターステージまであと一歩というところで

「降りてこい、降りてこいよ」

と声が響く。

どこからともなく風が吹き
訝しげな表情のラウールが大きく眉を動かす。

足元に広がる墨汁を目にし
思わず片足立ちになり
両腕を激しく動かしてガラスを破る。

苦しく歪んだ表情のまま
意を決したように力強く両足で地面を踏むと、
次には爪先立ちになり
軽やかにくるりと回り
吹っ切れたような顔でそのままステージを降りて
客席を突っ切り光のさす出口から外に出て行った。

振り返ることもなく。

「足で地面を歩く暮らしに
けっこうきついけど体張って
命かけて暮らす人生は
それでもなかなか
それでもなかなか
色っぽいぜ」

絶望から解き放たれ髪をかき上げ
スポットライトを浴び
ランウェイから去って行くラウールの顔は
たしかにとんでもなく色っぽかった。


絶望の時代だから絶望するんだね


『ガラスの時代』

1998年発売のCDに収録されているこの曲を
今回のTGCのために歌詞を書き換え、耀司さんに歌ってほしいと依頼したのはラウール本人
と聞いて、その企画力と行動力に私は驚いた。

もとの歌詞には「絶望」しかない。

あっちを向けと言えばあっちを向き
こっちを向けと言えば素直に向き
人に合わせて仕事を変えたり
仕事の通りに自分を変えたり。
そんな人のことを
「アホみたいに暮らすんだね」
と突き放したように歌う。

それに対して、今回のTGCバージョンは
突き放すのではなく
「降りてこい」と呼びかけ、
地に足がついた暮らしは色っぽい
と、あるべき生き方を示唆し
ガラスを破ったラウールを愛しむように歌っている。
まるでアンサーソングのように。

「絶望の時代だから絶望するんだね」
こう言われて、黙って絶望したまま生きて行くなんて真っ平ごめんだ。

山本耀司という反骨精神と、ラウールの現状を打破しようとするエネルギー。

身体中に塗りたくられた黒い墨。歩くたびに足元に広がる墨汁、低く不穏に鳴り響く弦楽器の重低音、さらにはティザー映像の「黒いドミノ牌」が「絶望」を表しているとすれば

「降りてこい」の呼びかけで、自身の中から溢れ出ていた絶望に気づいたラウールが
自らガラスを破り、自由になり、
絶望で足の踏み場も無くなったランウェイに再び戻ることなく、地面に降りて歩き去った姿は

誰かの言いなりになることなく、もがきながら苦しみながらも自分らしく生きて行くという決意を表しているように思えた。


アイドルという「彼氏」


TGCが終わり、YouTubeに動画がアップされ、少したった頃だと思う。
ファンの間で一悶着起きていた。

ペンライトとうちわ、是か非か問題。

ラウールの作り上げた素晴らしいステージ。
その映像に映りこむ「こっちみて」と言わんばかりに激しく振られるペンライトの灯り。

ラウールがステージを降りて去って行く際も、ファンが掲げている「ラウ」の丸い文字入りうちわがバッチリ写っている。

これをみた時、ラウールの世界観が壊されてしまっていると思って私は正直不快だったし、
同じように感じている人はたくさんいた。

気持ちはわかる。
なかなか会うことのできない推しに会える貴重な機会。ペンライトやうちわでファンである自分の存在をアピールしたいと思うだろう。
TGCはファッションショーというより、ファッションを中心としたお祭り。
主催者も公式のペンライトを配っている。それを振って何が悪い?

中には、「ラウールが出るかどうかもわからないのに、こっちは半年も前にチケット取って会場に行くんだ。家でタダで配信見てるだけの奴らにとやかく言われたくない」
と言っている人もいて、そりゃそうだよなと思いつつも、そういう問題じゃないだろという気持ちになった。


でも、よくよく考えてみたら
こういうファンの行動もラウールは想定済みで
それさえもステージ演出の一環として利用したんじゃないか
という気がしてきた。

「ガラスの時代」が何を指すのか。

宅配にメールすれば暮らしさえ届く。
携帯の中の彼氏は優しいのか?

スマホひとつあればなんでもできてしまう世の中。

その中で、「アイドル」は
「携帯の中にいる自分の彼氏」だ。

直接会ったことなどないのに、その彼氏が微笑み「大好き」と言ってくれれば歓喜し
じっくり話したことも、どんな暮らしをしている人なのかも知らないのに、私たちは夢中になる。
少しでもこっちをみてもらおうとペンライトを振って、自分はここにいるよとアピールする。

でもさ、その彼氏はほんとに優しいの?
虚像に夢中になってていいの?

絶望に満ちた、虚無の表情を浮かべたラウールと
その「彼氏」に俗っぽい色のペンライトやうちわを振るファンの姿。

まるで歌詞の内容そのものだな。

と思った。

同時に、
ファンのこの行動も予想して、パフォーマンスに取り入れようと彼が思いついたのだとしたら
とんでもない策士だな。
と思って、背中が少しヒヤッとした。


決別。


ラウールのパフォーマンスについて考えれば考えるほど、
ラウールは今回を最後にTGCの舞台には立たないんじゃないかと思うようになった。

6月にパリコレへの参加という夢を実現し、
メンズノンノのレギュラーモデルも卒業した。

TGCは先ほども書いたように、ファッションショーというより楽しく盛大な、若い子たち向けのお祭り。

ラウールがどんなパフォーマンスをしても、ペンライトとファンサうちわが振られるステージ。

もう、彼は次のフェーズに移ろうとしているのではないか。
だからわざわざ、ランウェイを戻って行くのではなく
ステージから客席に降りてそのまま会場をあとにしたのでは。

私の中ではそれが唯一の答えとして明確な形をとって、それ以外の選択肢はないような気さえしていた。


おわり

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