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2021年10月10日に受けた手術と退院までです。

手術当日です。


2021年10月10日に子宮と卵巣、両鼠径リンパ節の全摘出と郭清手術を受けました。


 手術用ベッド迄は徒歩、術台に横になって血管確保と点滴滴下が始まってからはいつの間に寝たのか、意識は無くなっていました。


 気がついたら、病棟の看護師らしき人のお迎えの声が聞こえ、ストレッチャーで回復室に戻ったようです。

 術後当夜は朦朧としつつ、お腹のあたりが痛いかな…程度しか覚えていません。

 酸素マスク、指にパルスオキシメーター(これも当時はコロナ渦で品切れでした💦

 両手に点滴と点滴の滴下をコントロールする機械、

胸に心電図モニター、腰から痛み止めの持続滴下ボトル(首にかかっていた)、

 尿量確認のための留置尿カテーテル、

 足のエコノミー症候群防止の為の加圧機械…

ざっと思い出して、これらはついていました。

 ともかくボーッとしてるので、看護師さんがバイタルチェックに来ては目が醒めてまた眠るで翌朝になっていました。

術後1日目

 お昼頃に主治医と、第2助手をなさって下さった?男性の医師が回診に来て、手術時間が予定より長かった事、出血は多かったので自己輸血と外注輸血を1つ使った事、お腹を開けた範囲では転移が右鼠径リンパ節だけだった事を伺いました。

 ぼやけた頭でベッドに移された時、時計は23時近かった記憶があり、朝の8:20分に病室を徒歩で術室に行ったので、少なくとも10時間はかかったと思います。

 先生、並びにオペ看護師さん、サポートスタッフの皆さん、長時間もありがとうございました🙏🙏🙏


 全身麻酔で喉に挿管していた為か、声は出ないしボケていたので「はぁ…、はぁ、ソウデスカ。ありがとうございました。」位しか話せなかったと思います。


 看護師に着替を手伝って貰った際、胸骨とおヘソ半分くらいから恥骨にかけての正中創と、左右に2本ずつ 計4本のドレナージチューブが伸びていました。


 背中にはやはり硬膜外麻酔(エピドラ)が入っていました。術後4日位は首からぶら下げていました。

 お蔭様で、術後の痛み止めは2回使っただけで済みました。

 数日間は4個とも、割と頻繁に看護師が中身を開けに来てくれましたが、歩行練習はオペ翌日からです。


 チューブが絡まないように気を使いながら、点滴台にぶら下げて初回は病棟1周、途中車椅子に座って休憩。


 昼過ぎには恥ずかしかった排尿チューブが抜けて一安心したのもありました。


 2回目はなんとか休憩無しで2週歩けました。

 毎日点滴台に全力でつかまって、グルグル病棟を徘徊していました💦


 術後1日目その晩〜退院まで

 目標は朝晩トータル20周歩行と言われましたが、ゾンデチューブが術後3日位で2本抜け、ラスト1本は入院9日目で抜管される頃には点滴台があれば歩くのは問題ありませんでした。


 日にちが経つにつれて、看護師と栄養士から指導を受けます。

 私が受けたのは、両鼠径リンパ節を取っているので

 ・フットケアとスキンケアについて

 ・自宅での栄養指導と便秘予防

 ・抗癌剤開始後のウィッグについて(これは別記載します)


 この3点でした。栄養指導は普通食でOKだったのですが、術後体重はマイナス12キロ!でしたので、聞き流してたらイカンやつでした💦


 そしてなんとか予定通り、10日で退院。


 ○入院費は実費で21万円ちょっとオーバー。


 ○これは高額療養費負担制度


健康保険高額療養費支給申請書 | 申請書 | 全国健康保険協会

www.kyoukaikenpo.or.jp



を使ってのお値段です。(後からでも戻ってきますが、入院前に申請しておいた方が、絶対心臓に優しいです!)

 3割負担でこのお値段なので、計算するのが怖くなります…💦


 レンタル寝間着代はまた別途支払いなので、支払いした帰路はお財布がとても痛かったです。


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