世界一周149日目🇺🇿 9.17 ブハラからヒヴァ、寝台列車と木彫り工房

今日はブハラからヒヴァへ移動。

人生初の寝台列車は
ぬるっとウズベキスタンでだった。

朝3:00に宿でお願いしたタクシーが来なく
たまたま自分達で呼べたタクシーで
駅まで移動。
早朝にタクシーが捕まらないから
お願いしたのに、約束が違う。
頼むぞ。

オーナーに時間になっても来ないから
自分達で行ったと一方入れると
後ほど、タクシーは3:30に来たが
もう君たちは行っていたと。
そりゃそうだ。
電車に間に合わないし、
その旨を伝えた上で3:00に
お願いしているんだから。
深夜料金と事前に呼ぶ代で
かなりプラスの値段で。

特に海外での時間が大切な
口約束なんて、守られないな、と学ぶ。
シーギリヤのタクシーもそうだった。
オーナー本人が連れて行く、以外は
ぶっちしたってドライバーには
不利益はない。
宿のオーナーなら悪い口コミを
書かれたりもあるので
多少約束を守る確率はあがる。

列車に乗るときに
インド人と少しだけ話したが、
悪い人では全然ないが
インドも少し旅したよ、と話したら
バラナシはいいけど、
デリーとチェンナイとか大きい街は
ダメだ、山の方とか
いいインドのところに行かないと、
と言われて、言い方って大事だなと思った。

もっといい場所があるから
次回はそこに行ってみてね、なら
こっちもワクワクするが、
間違った場所に行ってる、
こういう所に行かないと、
という言い方は、少しわたしたちの
旅を否定されたような気持ちになる。

宿とかもう取った?
どこかいいところある?と聞かれ
本当は予約してたけど、
まだで列車で探す、と言って
バイバイした。

日本では夜行バスは乗るが
寝台列車の選択肢はあまりなく
海外だと治安が不安で
使わなかった。

が、ウズベキスタンの治安のよさと
移動手段が寝台列車一択だったので
それで行ってみることに。
(飛行機もあったけど)

1階は大きな窓とお茶会のできるテーブル、
2階は細い窓と天井低すぎて人権がない。
起き上がる姿勢をとると
頭をぶつけるので
水を飲むのも一苦労。
ほぼ電車の荷台置きのようなスペース。
そしてその上にある荷台置きは
高すぎてほぼ置けないので
代わりに天井を高くしてほしいところ。

さすがに値段は違くあってくれ、
2-3倍はしないとやってられない、
と思いつつ、向かい合う席以外は
同じ値段だった。

しかもあとあと気が付いたがら
わたしの席は下の段だったのに、
先に来ていた3歳くらいの子連れのお母さんが
しれっとわたしの席で寝ていて
上に行かざるを得なかったのだ。
しかも小さいこどもがいて
責めにくいのもやるせない。

それでも、初の寝台列車は
乗るだけでワクワクした。

寝る以外の姿勢も取れないので
寝る以外に何もできないのだが、
細い窓の隙間から
真っ暗な外を眺めると
真夜中に移動しているという
非日常のワクワク感があった。
夜のピクニックみたいな。

朝7時くらいに目が覚めると
列車は砂漠を駆け抜けていた。
ぼんやり寝ぼけながら見た
朝日に照らされた砂漠の中を
ぐんぐん進んでいく風景の美しさは
きっと忘れないだろう。
不思議な世界にいるような感覚だった。

その後も、ぼんやり
寝ては起きてを繰り返す。

列車から降りたら
またインド人に会った。
どうやら宿を決めたらしく
近かったらタクシーをシェアしよう、
と言われて調べてみたが、
徒歩30分の距離。

彼はわたしたちの宿まで行って
そこから自分は歩く、
みたいな提案をしてくれたが、
80円くらいだったので、
わたしたちとシェアして40円浮かせて
思い荷物を背負って30分歩くより
別々で行った方がいいのでは?と
断った。自分達の宿まで行って
その距離を歩かせるのは
何か後味が悪かったし、
一人旅の彼に連絡先を聞かれて
いろいろ一緒に回ろう、とかなるのは
面倒かな、と思った。

宿に到着。ホテルみたいな宿。
これで最安値は最高すぎる。
バックパッカーにはありがたい。
久しぶりにふっかふかのお布団に
包まれて、最高に幸せ。

だか、意外と深い眠りにつけなかったので
noteの日記を書くことに。
ここ2日ほど、1ヶ月分くらい
溜まっている日記を片付けようと
箇条書きでもなんでもいいから
大放出している。

本当はこの感動を、
この景色を形容するのに
推敲したいな、とか、
あ、あのエピソードも面白かったな、とか
こんなこと考えたな、とか
書きたいことは山のようにあるが、
とにかく今は放出を最優先することに。
おかげで少しずつ捌けてきた。

1時間くらい休む、という約束だったが
妹はタイマーが鳴ったらあと30分とか
1時間、とか言って、
結局4.5時間は寝ていた。
いい加減に暗くなる前に
ご飯を食べに行きたかったので
起こしたのは16時ごろ。

街に繰り出すと
城壁で囲まれた街はカッコよかった。
360度、どこを見渡しても
絵になるし、なんなら
少し登れば見える風景も違うので
360度以上である。
ワクワクしっぱなしだった。

モスクやミナレットが
他の街は青や水色だけだったのに対し、
ここら緑とあり、また柄の組み合わせ方が
こってて可愛かった。

お腹ぎぺこぺこで
適当に入った店は大外れだった。
インテリアやレースの使い方は可愛いが、
プロフは炊飯器炊き込みご飯と
まったく同じ味で、
ラグマンはどん兵衛の
醤油うどんみたいだった。

パプリカとトマトはなく
冷凍のにんじんとじゃがいものような
具材のスープ。
ラグマンもプロフの
黄色いにんじんじゃなく
炊き込みご飯のもとに入っている
ちっちゃいにんじんだけで
レーズンも入っていない。
炊き込みご飯のもとに
プロフ感を演出する牛肉を乗せただけ
みたいな。日本のこれが恋しいときには
いいのかも知れないが、
ならメニュー名は
ジャパニーズ炊き込みご飯である。

これなら100円出せば
炊飯器で同じものが食べれる。
しかも、2合で。
そして炊き込みご飯には
鶏肉の方が合うぞ。
プロフを演出するための
牛肉ではなくて。

オーダーも間違っていて、
いつもプロフとラグマンなので
違うご飯も食べてみようと
楽しみにしていたディル麺は来ない。
結局プロフとラグマンになってしまった。

口コミが増えて今は
こういう悪いお店を引くことは
少なくなったが、雰囲気だけで
来させてその一回で儲けて
リピーターはいらない、みたいな
こういうお店は好きじゃない。

旅行先のレストランなんて、
まあ一期一会で2度と来ない確率の方が
圧倒的に多いが、だからこそ
その一回を素敵な思い出に、
とおもてなしの心のこもった
レストランのなんと素敵なことか。

まさにその逆のような感じで
せっかく楽しみにご飯を食べにきたのに
とにかく残念だった。
サービス料に20%も
乗せられていたし。

気を取り直して
演奏が聴こえる方へ街歩き。

歌と踊りのパフォーマンスをやっていて、
演劇風ですごく楽しい。
音楽の雰囲気も、民族衣装も
サマルカンドとは違くて
街によって全然違うのも面白かった。
こっちは遊牧民ぽさが強くて
大きなモコモコの
ロシアを連想させるような
帽子が可愛いく、
馬のダンスなども遊牧民らしい。

見ている人も何人かは
踊り出す。サマルカンドでは
服装とテレビ的に行けなかったが、
ここでなら、と一緒に踊りに行く。

楽しいひととき。
くるくる回るのが可愛い
緑のワンピースのおばちゃんと
控えめなのに踊り出したら上手や娘さん、
両手を広げたマスコットみたいに
可愛い小柄でふくよかなおじさん、
ニコニコしながら
愉快な生演奏の音楽にあわせて
みんなで踊って
とっても楽しい時間だった。
踊り出したくなるような街は
いい街だ。

お祭りでも何でもそうだが、
こういうのは見ているより参加して
一緒にやる方が何倍も楽しい。

だれか撮ってたお客さん、
動画送ってくれないかなぁ。

パフォーマンスが終わったあと、
おひねりタイムで
お金を少し渡したかったので
最後まで待っていたのに、
まさかのあっさりみんな
撤収してしまった。
国やら自治体から
払われているのかは分からないが、
こんなに素敵な時間をくれたのに
ボランティア?と
驚いた。

そのあと地図も見ず
ひたすら気になった道を歩いていると
木彫り職人の工房をたまたま見つける。
ここの雰囲気のよさと
木彫りの美しさに見惚れてしまった。

大きな柱に木彫りの装飾がされており、
ホテルや家に納品しているという。
22歳なのにすでにマスターで
生徒さんがいる、という若い男性と
その生徒さんの可愛い13歳の男の子、
奥に親方が柱を作っていて
手前で若いこどもたちが
運んだり加工したり
小さな木彫りの土産品を作っている。
スザニは女性が多く、
木彫りは男性の職場で
ここもすごく雰囲気がいい。

ものもそうだが、工房に
一目惚れしてしまった。
サマルカンドとブハラのスザニのように。

木のチーズや生ハムを乗せてもかわいい
カッティングボードや
7パターンにも形を変える
ブックスタンド。
しかも驚いたことに
4枚の板を組み合わせているのではなく
1つの木から削り出しているのだ。

もとももコーラン置きとして
使われていたらしく、
なるほど、それで畳めてコンパクトで
持ち歩けるポケットサイズの
これが発展したのか。

夕焼けがキレイで
屋根上のテラスのあるお店を探すも
全部予約でいっぱいだった。
街の規模と夕焼けのレストランの
需要が合ってないのだろう、
キャパオーバーになっていて
夕焼けテラス難民になった
予約をしていなかった
おばさまやら観光客がたくさんいた。

レストラン難民になったので
とりあえず広場へ。
サムサとティーを出していたので
そこでゆっくりすることに。
広場の空の下に大きなサムサの窯があり、
美味しそうな匂いが漂い、
おばさんがポットに木を焚べて
お湯を沸かしている。

ちびっ子が大きいな
お会計のカバンをぶら下げて
お手伝いをしながら
サッカーをしている。
幸せでのどかな時間ぎ流れる。

ほぼテイクアウトが主流で
唯一ある簡易テーブルで
座っていたら、イラン人の甥っ子さんと
おじさんと相席になる。

めちゃくちゃユニークでいい方で
話が弾む。
日本の文化が好きだそうで
歌舞伎、北斎、俳句、
わびさび、もち、寿司、納豆
いろんな話をした。
甥っ子さんは日本文化が好きで
日本語も勉強していたそう。

イランは詩が好きな国で
いろんな国の詩が人気だそうで、
アラビアンナイトや
もっとその前から
メソポタミア文明とかの、
紀元前とかの世界の
歴史のある国で、きっと昔から
詩が愛されていたのだろうと思うと、
ロマンチックで美しくて素敵な文化だな、と
なんだかすごく心が満たされた。
イランの詩の文化を調べてみたくなった。

納得の話で、ヘルシーで
人によるけど朝ごはんの定番でもあるよ、
なんて話をしたら、
アイドンライクヘルシーフード
と言って、ぽっこりお腹さすってみせる。
愉快で楽しいおじさんだ。

甥っ子くんも
どんなことに興味があって
旅をしているの?と聞いてくれ
手仕事の話をすると、
スザニの模様のことを
イラン視点で教えてくれる。
ウズベキスタンもペルシャの
一部だった時もあり、
その影響で同じような似たような
模様の意味や文化が残っているのだ。
歴史や流れを感じた。

とにかくいい時間だった。
最近、ブハラのスザニもそうだし、
偶発的ないいことが
よく起きる気がする。

寝つきは悪く生活リズムは
よくないが、日記も進んできたし、
スリランカの記事もかなり進んだ。

いいことが起きるときは
感性のアンテナを張り、
身を任せながら行動するだけで
どんどん立て続けに起きる
タイミングがあるように思う。
今まさにそんな感じだ。

夜は眠いのに寝付けず
久しぶり東海オンエアを見て
くだらない楽しい時間も過ごした。

明日も楽しみである。


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