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長編小説•ちょうどいい人①

第一話 年の瀬

気がつくと騒々しいBGMが「蛍の光」に変わっている。

「もうそんな時間か。変えるか。そろそろも玉も無くなるし」
隣で打っていた慎吾が言った。

大晦日。

もう紅白歌合戦は終わったのだろうか?

数年テレビを観ていないから、分からない。

慎吾もわたしも、今日はきれいに銀の玉が消えて行った。

わたしたちの年末なんて、こんなもんなんだろうな。

パチンコ屋を後にして、二人は眼の前の駐車場から車に乗った。

「これからどうするの?」

「年越しそばって何処かで食べられるかなぁ?」

「いつもの店がやってるはず。行ってみる?」

常連となっている蕎麦屋に向かう。

名店と呼ばれるほどではないが、まあまあ美味しいとわたしは思っている。

店の隣の駐車スペースは一台だけ空いていた。

そこにグレーのHONDAフィットを滑り込ませる。

慎吾が先に暖簾を潜って店に入った。

「へぃ、いらっしゃい!」

見慣れたオヤジさんの声が響く。

ざるそば2枚とと天ぷらを一皿を頼む。

「お酒飲まなくていいの?大晦日だよ」

「いいんだよ、別に。帰ってから飲むから。どうせ明日から正月でダラダラ呑んで過ごすんだから」

そういえば、初詣は行くのだろうか?

別に神頼みして、叶えて欲しいことなんて無いし。

慎吾が行くつもりが無ければ、行かなくていい。

そこまでぼんやり考えてから、千春は思った。

あれ?わたしって本当に望んでいることって無いのだろうか?

そんな思いを抱えながら、馴染んだ味の蕎麦をすすった。


第二話 いつもの朝

慎吾の言った通り、二人でダラダラと過ごしているだけで、正月は終わった。

5日の今日から慎吾は仕事だ。

慎吾はサラリーマンだけど、スーツを着ない。

ラフな格好だけど、おしゃれに見える服装で仕事に行く。

それが、得意先にはウケるらしい。

元々優秀な営業マンらしく、誰とも卒なく会話を盛り上げる。

だから、誰からも愛されているように見える。

飲み会にはよく誘われる。それも、以前の部署で関係なくなったはずのプロジェクトの飲み会にまで。

だから、千春は一人ぼっちだった。 
慎吾は平日、とにかく帰りが遅い。

残業と飲み会ばかりの慎吾と過ごせるのは、正月とお盆、そして、ゴールデンウィークくらい。

土日はゲームをして癒やすというのが、慎吾のリフレッシュ方法だった。

ゲームは一緒に出来ないから、と言うと、「じゃあ行くか!」と二人でパチンコ屋に向かうのだった。

千春は慎吾のことが好きだった。

だから、一緒に行動したかった。

でも、本当にやりたいことは、パチンコ屋に行くことではない。

じゃあ、何がしたいんだろう?

慎吾もわたしも愉しいことってギャンブルしかないのかな?

これを死ぬまで繰り返していくの?

そんな人生をわたしは望んでいたんだろうか?

まぁそんなことを考えても無駄か。

銀玉増やして、気になっていたバッグでも買えたらいいなぁ。

続く

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