さらなる歓びへと向かって
わたしと夫は社交ダンスのダンサーだ。マスクして踊るのが嫌で、一時期は競技会に参加していなかったけど(いや、夫が大怪我して踊れる状況じゃなかったのも大きい)、やっと最近状況が整ってきて、今年から競技に復活している。
「遊びでも争いごと無くなるぞ」大日月地神示に書いてある。たしかに勝った負けたは色んな感情が付きまとう。いくら努力しても負ければ悔しい。勝てば嬉しいけど、その次はどうなるか分からない。
上位クラスに上がれないのなら、もういいやと諦めていた時もあった。
でも、また戻ってきた。勝負の世界に。
なぜ争い事が無くっていく時期に敢えて復帰したのか。そのことについて、徒然と書き進めていく。
社交ダンス音楽の決まり事
ダンス音楽は特殊だ。あの種目ごとに音楽のスピード(リズムカウント)が違う。1分間に何カウントかが決まっている。あるダンス音楽のCDからそのテンポを拾ってみる。
スタンダード種目
ワルツ〜29BPM
タンゴ〜32BPM
ラテンなら
ルンバ〜25BPM
チャチャチャ〜31BPM
サンバ〜50 BPM
1分間にルンバは25カウント、サンバなら50カウントだ。決して曲調で種目が決まっているのではない。テンポが何より重要なのだ。
このリズムカウントに合わせて踊る。それが社交ダンスだ。競技会やダンスパーティーではこのスピードでは速いからと、少し緩めている場合もある。しかし、大前提として、種目ごとにスピードが決まっている。
一般的な音楽で踊るということ
一般的な音楽という表現が正しいのかどうか分からないけど。このカウントスピードに合っていない曲を何かしらの種目で踊ることは可能だ。しかし、間が抜けているような感じだったり、詰まっているように見えるかもしれない。
もちろん、その曲に合わせて踊ることはできる。ダンスを始めたばかりの頃は、音楽を聞いて「この曲は何の種目で踊れるか?」なんてクイズしていたものだ。
競技を離れて、大好きなアーチストさんの曲に振り付けして踊ること。それもまたとても愉しいことだった。一回は大勢の方の前でそのアーチストさんの生の演奏、ライブで共演させて頂いたこともある。あれは貴重な体験だった。
でも。
やっぱり、社交ダンスのダンサーは社交ダンスならではのテンポで踊ることに慣れているし、ずっと踊ってきた。
なんと無くどんよりした気分の時に、ダンス用に編曲されたサンバを聴けばテンション爆上がりする。これは夫も同じ。ついノリノリで踊ってしまう。
ダンスを踊れる環境の大切さ
昨日はダンスの練習会だった。しばらく忙しく、また体調が芳しくなかったのもあって、久しぶりに顔を出した。
サンバ、チャチャチャ、ルンバ。三種目を重点的に踊った。なにしろ練習を疎かにしていたから、心肺機能を高める必要もあった。
ダンスを踊る仲間。それぞれに自分の課題に取り組んでいる。そんな環境で踊ると、夫のスイッチは入る。普段動かないボディが自然と動いてくる。滑らかなムーブメントとなり、わたしをリードする。いつも見逃してしまう些細なミスを見つけ、二人で改善していく。
愉しい。
この競技に向けての練習が愉しい。
こういうダンスを踊れる環境があるからこその醍醐味だ。ありがたいのひと言に尽きる。
カップルで踊る本当の意味
何かしら目標が無いとなかなか本氣で取り組めない。
競技会は、自分とパートナーとの関係をより高めるための手段でもある。本氣で相手と向き合わないと、より良い踊りはできない。
出逢った頃は何かしら遠慮していた。そして、自分の下手さを棚にあげて、パートナーにしてほしいことばかりが頭に浮かんだ(でも、うまく言えなくて、内心はモヤモヤしていた)。
今は二人で解決しようとお互い歩み寄れる。遠慮無く問題点を口にできる。お互いの関係性が良くなってきた証だろう。
競技会ならではの歓び
競技に出れば、相変わらず勝ち負けがついてくる。
でも。
切磋琢磨して当日を迎える選手達が集う場で、精一杯愉しく踊ることは、やはり競技会でしか味わえない。
ヒリヒリするような緊張感。その中でどれだけ成果を発揮できるか。昔はより良く見せようとして緊張していたことを思い出す。
11月24日山形大会。
今年最後のエントリー。
とことん、愉しみ歓ぶために当日まで練習を重ねていく。