思わぬ脱線!フルボッコの階段下り!の巻
子どもたちのスポーツ指導者について主に書こうと思って始めたのに
脱線が過ぎた・・・
結局、私は卒業までの2年間、そのJに事あるごとに体罰を受け続けた。
自分でも自分にだけ非があるわけじゃないと自信をもっていたとしても、
例えば友だちとのケンカ。
両成敗じゃないの?理由なんて大したことじゃないよ、小学生のケンカなんて。
それなのに、殴られるのは常に私。
一番ひどかったのは、6年生の時。
正直殴られたきっかけも理由も覚えていない。つまりその程度の理由だったと思う。
それでも廊下に引き釣り出され、殴られ・蹴られ・後退して逃げるように階段を下りながら階段で殴られ、逃げて捕まって・・・殴る蹴る。
結局1階までずーっとやられまくってくだった。1階の階段わきのスペース、掃除道具入れがあるところで、とどめの右足ストンピングを左頬に受けた。ストンピングって当時20時~やってた新日本プロレスでしか見たことなかったよ!長州力かよ。
確かに手は抜いていただろう。力もフルスイングのビンタやパンチじゃなかっただろう。
当たり前だよバカ。
無理やり起こされ、もう涙も出ないほどショックを受けている私に向けてさらに数発のパンチやビンタ。
何を言われてたかも覚えていない。きっと「このまま殺してくれよ」って思っていた。
楽にしてくれって・・・もう耐えられないよって。
Jは満足したのかわからんが、教室へ戻って行った。
1人その場に残された私は、その後の記憶はまったくないのだがその時に思ったことだけは今でもしっかり覚えている。
「KOされたボクサーってこんな気持ちなのかな。頬っぺたやお腹がこんな感じで痛むのかな」
こんなことを6年生が思ったのだ。今でもなんでボクサーなのかわかんないけど。
このことがあったのが6年生の2月とか3月だったかなと思う。
最後のフルボッコ階段下り。
教室へどう戻ったか、自宅へどうやって帰ったか。両親にどう話した(誤魔化したか)かも何も覚えていない。
Jは翌年度も担当した男の子、少年野球の後輩に対して体罰を加えて、帰宅後の様子がおかしかったため病院に連れて行ったところ脳波に異常が見つかって(因果関係は不明って聞いた)、大問題になった。
ざまぁみろ。神様は見てるんだ。って思った。その子には申し訳ない思いもあったけど、正直Jの悪業が問題視されるきっかけとなったことを喜んだ私がいたのは事実だった。
その後、他校へ異動となったJについては、数年後に大病を患って亡くなっただの、ボコボコにしていたバレーボール部員と結婚したなど嘘かホントかわからない噂話がどうかすると耳に入って
きたけど、正直どうでもよかった。死んだなら死んだで、「へぇ」だ。
でも昨年、子どもたちのスポーツ指導者に対する疑念が出たのをきっかけにJをググってみた。
3年ほど前に、近隣市町村の校長を務めていたようだ。その時点では別の校長になっていたので、恐らく年齢的にそこで校長を務めて定年退職したのだろう。偉くなったもんだなぁ。体罰教員だってことみんな知ってんのかなぁ。
校長への赴任挨拶で耳障りのいいこと書いてあったけど、本心からそう思っているならいいけどな。
今となっては知る術もないけど・・・
体罰はいつまで続いていたのだろう。あの後も犠牲者がたくさん出たんだろうな。
この辛くて悲しくて死にたくなった体のキズ、心のキズ、つらい記憶の責任、取れるはずないし、己の感情に任せて罵倒して否定して苛烈な暴力を加えたバレーボール部員たちのこと、一生忘れんなよ。
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