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猫の安楽死ー信じる勇気が救った命

これは2020年に書いた、動物看護師の実話ストーリーのリライトです。


「猫の安楽死ー信じる勇気が救った命」


 13年前の冬、
私は動物看護師として働いていました。

ある日、飼い主が
1匹の猫を連れて来院しました。

猫は後ろ足がうまく動かなくなっていて、
フラフラと頼りない様子で
飼い主は顔をくもらせ、私たちにこう言いました。

「もう見ていられへんのです。
  楽にしてあげてください…」



その言葉の重みが、胸にズシリと響きました。


猫はまだ目がしっかりと開いていて、
私たちを見つめていました。

痛みや苦しみの様子は見られず、
かすかにでも生きようとする力が
感じられたのです。


私はすぐに、
「今はその時じゃない」と感じました。


ですが、
以前、肺癌で酸素室に入らないと
息ができない状態の犬を安楽死するかどうか
という悩みを持ち迷ったことがある私は、
この飼い主さんの気持ちが
痛いほどわかりました。


「つらい思いをさせてまで、
生かすのが正しいのか…」


飼い主さんの心の声が聞こえるようでした。


私は深呼吸をして、できるだけ静かに、
でも真剣な目で伝えました。

「今ここで処置をしてしまったら、
きっと後悔しますよ。」


「まだこの子は生きる力を持っています。
もう少し様子を見てあげませんか?」


飼い主は、しばらくの沈黙の後、
視線を落としました。

「…でも、つらいのはこの子ですやん…」

その言葉に、私も心が揺れました。


本当にこの判断が正しいのだろうか?
自分の信念だけで、飼い主の気持ちを
無視していないだろうか?


けれど、猫のまっすぐな目が、
まるで「まだ終わらせたくない」
と言っているように見えたのです。


「必ず大丈夫だとは言えませんが、
今はこの子の力を信じてあげてください。」



飼い主さんは渋々ながら、
猫を連れて家に帰りました。

帰り際、チラリとこちらを振り返りながら、
つぶやくのが聞こえました。

「他人事やから、
あんなことが言えるんやろな…」




それから1年以上が過ぎ、
私はあの猫のことを何度も思い出していました。


「あの時の判断は
本当に正しかったのだろうか…」



動物看護師としての経験が増えても、
「命の選択」についての迷いが消える
なんてことはありません。


そして、ある日。
受付に座っていた私の目に、
見覚えのある顔の飼い主が入ってきました。

その手には、1匹の新しい猫が入った
キャリーケースがありました。


診察が終わり、
飼い主は受付で会計をしていました。

その時、ふと私の方をジッと見つめてきたのです。

「…あんたやな。」

え?と思いながら、目が合いました。

「お久しぶりです。」

私は何気なく声をかけましたが、
内心は少しドキッとしていました。
(あの猫はどうなったんだろう…?)


飼い主さんは、そっと口を開きました。


「あの時、あんたが”後悔する”って
言うてくれたから、連れて帰ったんや。」

「あの猫、いまも元気やで。
後ろ足はヨタヨタしとるけど、元気に歩いとる。」

「ほんまに、ありがとうな。」

  その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなりました。
まるで、1年間感じていた迷いが、
やっと解きほぐされたようでした。

私の“信じる勇気”は、
あの子の“生きる勇気”とつながっていたんだ。

飼い主さんの目は少し赤くなっていましたが、
それ以上に、「信じてよかった」という
強い想いが伝わってきました。

「私も、信じてよかったです。」

そう答えると、
飼い主さんは小さくうなずき、
笑顔で病院を後にしました。


私はその日、いつもより少しだけ長く、
あの子の姿を想像していました。
ヨタヨタと歩きながらも、
確かに生きているあの猫の姿を。


目頭がじんわりと熱くなり、
気づけば目元を軽くぬぐっていました。

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にゅにゅ
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