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祠壊しと良心の呵責
祠壊しブーム
祠を壊したらやって来るもの
それは突然にタイムラインを埋めつくした。いや誰しもとは言わないけど、ラノベホラーやブロマンス系ホラーが好きな人なら1度や2度は考えたことがあるであろう「胡乱な霊媒師イケオジ」の妄想の垂れ流しで、身も蓋もなく言うならば
「土着の古老に『お前あの祠を壊したんか!』とかn番煎じのダサいセリフ言われるより、ケレン味のあるイケオジに『壊しちゃったの?キミ、○んじゃうねぇ~』って言われたい」
という萌え願望の吐露だった。
まあどっちみち祠は壊れとるのですが。
要は祠に夢を見ているのだなあと。祠と言っても小さいものはビルの側面に埋まって威厳もクソもない、でかいものはちょっとした神社レベルで壊そうものなら地元の古老どころか近所総出で通報してきそうなレベルの祠まで幅広い。何を祀っているかはそれもまた置き場所や役割による。
何故ここまで祠について語っているんだ?と聞かれると、ポケGOのギフトの定番だからである。「○○地区の祠」「第×ビルの祠」「金比羅山の祠」「謎の祠(本当にこんな名前にされている)」「○○3丁目の祠」「祠」等々……類似に「地蔵」「神社」がある。
ちなみにギフトやポケストップをタップするとたまにギョッとするような説明文が出ることもある。「由来は全く分からないが地元の人に信奉されている」「何を祀っているのかわからない」「いつからあるのか分からない」「○○という神を祀っていること以外不明」「人がいた試しがない」等々。説明文すらないこともざらだけど。まあそういうところを調べて説明文を書き加えるのもポケGOの醍醐味の1つではあるのだが……。
で、今となっては怪異(そもそも祠に怪異や祟り神が入っているという前提がなんだかなあである、と思うのは私だけだろうか?)がギャグ化したりして、逆にイケメンが祟り神会いたさに祠を壊しに来たヤンデレだったりしてそれに声がついて作者さんが喜んだりしてなんというか……モニョる。
これはあくまで私の持論なので「カタブツが何か言ってる、クソウザ笑」と思って永遠に何かを祀った神聖な場所で4545していたければ聞き流していただいて構わない。というより、少し前からなにかのアニメの聖地巡礼だので踏み躙られてきた場所だから今更だろうけど。
めっちゃケガレまくった聖地巡礼じゃね!?欲まみれジャン!という悪ノリはここまでにして。
祠とほんとうにこわいもの
私が嫌だなあと思うのは、そこに祀られた御霊や神仏がネタにされたり、ましてや想像の中でも壊されることである。
具体的に壊された過去のある祠というものも存在する。そして祟ったとされるものも。そういったものがネタにされるのはまだわかる。
空恐ろしいのは、何の前歴もない無辜の祠や空想上の祠を気持ちよくなるためだけにどんどん壊せる人がいるということが今回のことで露見したことである。想像だからいいだろ、と言われればそれまでだが、想像の中で動物○待や強○をしている人と仲良くしたい、できるとあなたは思うだろうか?
想像は自由だ。けれど、言葉にして意見として発表したら最後、それに対してかえってくるレスポンスは計り知れない。私のこの言葉もしかり。
さて、まさか本当にイケオジ目当てで祠を害しに行く輩がいるとは思わない。イケオジをめあてにするようなうら若き女性は社会的地位もあるし、失うものも多い。肝試しなどと称して夜の祠に行くにしてもリスクが高すぎる。ましてや破損など。
そういうことをするのは、もう世間などどうでもいい「無敵の人」か、「何も分からなくなっている人」なのだ。テレビで見るだろう。極限状態ならたとえ神仏の眼前であっても賽銭泥棒は金を盗むし、寺社仏閣憎しの者は社屋を破壊する。
そんな人間と、軽々しく「イケオジ目当て」「因習目当て」の肝試しノリな紳士淑女の諸君が出会うのは大変危険……に思うのだ。何せ相手は捨てるものなど何も無いのだし。
昔、寺の後継ぎに「肝試しに行かないか」と持ちかけたことがある。大学生の頃の話だ。
しかし彼は普段のチャラチャラとした様子と打って変わって、生真面目な顔でジブンを戒めたのをよく覚えている。
「Yodomuさん。死んだ人や神さま仏さまを面白がるのは良くない。それに、ああいう場所は『待ち構えている人間』がいるかもしれんから、俺は行かない」
ポケモンORASのヒガナの名言
「そうぞうりょくが たりないよ!」
はかなり汎用性があるが、今回の祠騒ぎにも広く使えそうな騒ぎだとジブンはそう思う。
自己満足のための想像だけでなく、その祠を守っている人たちや、その祠の周りに潜むものに対する想像力も働かせて頂きたく思いつつ駄文を締める。