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わたしのかけら

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わたしの中のわたしを、みつけるために。
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ふあん諸々。

ふあん諸々。

不安というのは何層にもわたって存在しているのだと実感する。

最初は、嘘だ、信じられない、なんで教えてくれなかったのとか。

私のこと好きだと思ってたのに、とか騙された、とか浅はかで傲慢な考え。それを恥じる気持ち。
そして、じゃあ一体いつから?あのときは?と答え合わせが始まる。知らずにいた自分がばかみたいで、軽んじられていたみたいで。
別に教えてもらわなきゃいけない関係性でもないけど、そこそこ打ち

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帰ってきた西野カナやんにすごい安心感
元祖メンヘラの私よ…

だから私は人の話をちゃんと聞きたかったし、相手にもそうしてほしかった。
だけど、外に出たって結局みんな自分の話ばっかりで、私が聞けば聞くほど相手はつけあがり、私の話を聞いてもらえる番は一向にこなかった。
だから、私の中の「聞いてよ!」だけが、捌け口もないまま、無限に膨れ上がった。

だから、なんで人の話を最後まで聞けないのよ、人として当然でしょう、と思うけど、私もきっと無意識に人の言葉を遮った事があるし、ちゃんと聞かずに暴走した経験がある。
自分がきちんと受け止めてもらえた経験がないと、ひとにそうする余裕が持てないこともある、けどそれを言い訳にはしたくない。

相手の言葉を最後まで聞いて、ちゃんと受け止める。自分もできるだけの誠実さで返す。それが私が一番大切にしたいことで、相手にも求めてしまうこと。話を途中で遮られたり、自分勝手な解釈で振り回されると悲しくなっちゃう。でもそういうひとに限って、言っても伝わらないことが多くて、いやになる。

やはり私は勉強が好きなんだなぁとしみじみ

あの手この手で縛りつけられた、呪いのようなもの、なんとかかんとかかいくぐって、私は私らしく生きていたい。
私は私を諦めたくない。
泣き寝入りなんてするもんか!

我が強くて素直さが足りなくて(某上司談)、こんな自分大嫌い。
そんな鋭いところは隠したほうがいい(某父親談)とも言われるけど、だってこれが私なんだ!
隠して穏便に流せるなら、こんなに苦労してない。不必要に我慢せず、抑圧せずに、社会と折り合いつけてやっていきたい。それで何が悪い!!

自分が歌ってて違和感あるところを指摘するのと、自分がやったことない楽器(管楽器)の集まった音を聞き分けて指揮するのとは全くの別物。
当時の私はそれをうまく説明できなかった。というか、自分でも何が無理だと感じているか全然わからなかった。

思えば、自分だって歌うのにいっぱいいっぱいなのに、バンドのリズムのブレとか把握して、見よう見まねで指摘してたのって結構すごいよね。(自画自賛)
ビッグバンドのバンマスなんて無理!なんで私が?!!ってぱにくってたけど、そんなところを見てできるやろって思われたんだろな。いやでも無理よ

みんなギリギリの中でなんとかかんとか作り上げる音楽も楽しかったけど、
あなたが歌い続けてくれたらとりあえず成立するから!とか言われて、本当は私も不安なのに、自分の要望も後回しにして気力だけで歌いきるのって、結構しんどかった。

逆に、生音を知らない人の、カラオケの延長みたいな歌しかできない場所も物足りない。
私は私の声を他の楽器と同じくらい、対等に平等に、尊重しながら、最大限に発揮させてもらえる経験がしたい。

今度音楽をやるなら、ボーカリストとしての私が最大限発揮できる仲間とやりたいな。
周りのレベルに合わせて無理なキーで歌ったり、妥協したまま、仕方ないか、、と諦めたくない。

エンタメに救われる人生だな