2020年落語協会新作落語台本に応募して
2020年落語協会新作落語台本の選考結果が発表になりました。
待ってましたよ、この日を。
審査員のお一人・小ゑん師匠がTwitterにアップされる辛口の感想を読みつつ、いやこれは私にはあてはまらないから大丈夫と謎の自信を持ち、二次選考の日にアップされた写真を最大限に拡大して、自分の原稿用紙がないか必死に探し。
そして、落語協会のHPに発表された結果を目をまん丸く見開いて確認しましたが、私の名前も作品名も見当たりませんでした。
おかしいな。
おかしくない。それが現実。
残念、無念、また来年。
noteのコメント欄でやりとりさせてもらっている脚本家の今井雅子さんもこのコンテストに応募されていて、応募動機や作品、結果をnoteに書かれていました。
そうか、落選しても、それをもとにnoteを書けばいいんだ。
今井さんのnoteを読んで刺激を受け、がぜん前向きになり今こうして書いている次第です。
が、今井さんの作品を読んで、ああ、これがプロの力かと打ちのめされました。落語としての完成度は別として、めちゃ面白い。
noteのタイトルからして惹かれますし、落語のタイトルも面白い。
そうか、こんなすごいのと戦うのか。って、こんな面白いのに、ららら落選なら、私のはレレレのおじさんのほうきで掃かれてしまって当たり前か……。
しばし呆然。
気を取り直して、今井さんにあやかって自分の作品アップしてみようと思います。
「ゆきちん」(新作落語)
ゆき 「すみませーん。すみませーん。どなたかいませんか? すみませーん。誰もいないのかな。すみませーん。すみませーん。いないのか。開いてるから入っちゃお」
おばば 「はいはい、聞こえてますよ」
ゆき 「うわ、おばばがいた!」
おばば 「さっきからいましたけど、なにか?」
ゆき 「あの、ここ、思い出食堂ですよね」
おばば 「はあ?」
ゆき 「ここ、思い出食堂ですよね?」
おばば 「えっ?」
ゆき 「こ・こ、お・も・い・で・食・堂で・す・よ・ね?」
おばば 「ああ、私、ちょっと耳が遠くて、聞こえたり聞こえなかったり。違う声が聞こえたり。聞きたいことだけ聞こえるっていうか。
ああ、思い出食堂で…」
ゆき 「やっぱりここでよかったんだ。地図がおおざっぱすぎて、この道でいいのか迷っちゃったん。歩いても歩いても看板がないから。ねえ、人ってずっとまっすぐ歩き続けると不安になってくるでしょ。こんなにまっすぐでいいんだろうか、どこか曲がるんじゃないだろうかって思わない? え、アタシだけ? で、引き返そうと思ったのよ。引き返さなくてよかったー。うわー、ここが思い出食堂か。あれ? 聞いてる? 寝てる? もしかして死んでる?」
おばば 「生きてますよ」
ゆき 「いきなり動きが止まるから。びっくりした」
おばば 「あなたがあんまりしゃべるから。息するの忘れましたよ」
ゆき 「息はして」
おばば 「あの…、看板よく見たかい? 元って書いてあるでしょ。元。元」
ゆき 「ああ、見た見た。知ってるよ、きのうで閉店したのよね。つーか、「元」の字ちっちゃすぎる。あれじゃわかんないよ」
おばば 「そんなに難しい字じゃないんだけどね。わかんないかい?」
ゆき 「読めないんじゃないの。見えないの」
おばば 「あら、見えないなら眼鏡をかけた方がいいよ。コンパクトでもいいし」
ゆき 「コンパクト? それもしかして、コンタクト?」
おばば 「コンタクト?そうだっけね。耳だけじゃなくて、頭もね、だいぶポンコツになりましたよ。歳はとりたくないね。あなたは、若くていいねえ」
ゆき 「若くないわよ、もうおばさん」
おばば「 ん? おばさん? おじさんじゃなくて? ん? おばさん? おばさん?」
ゆき 「なに首傾げてるの? おばさんじゃなきゃ、お姉さん」
おばば 「お姉さん? お兄さんじゃなくて?」
ゆき 「どこからどうみてもお姉さんでしょ」
おばば 「なんとなくお兄さんにも見える」
ゆき 「どこが?」
おばば 「全部」
ゆき 「アタシ、ゆきっていうの」
おばば 「ゆき君」
ゆき 「ゆきちゃん。ね、お姉さんの名前でしょ。ゆきちゃんって呼んで。元は違うんだけどね。元は何だと思う? ゆきおって思うでしょ? 違うんだなあ。ゆきち」
おばば 「ゆきち? なら、ゆきちゃんじゃなくて、ゆきちん」
ゆき 「やだ、おばば、いいわ、それ。採用。ちっともポンコツじゃないわよ。特別にゆきちんって呼んでいいわよ」
おばば 「ゆきち」
ゆき 「違う、ゆきちん」
おばば 「ゆきち」
ゆき 「ゆきちん」
おばば 「ゆきちん。なんだか恥ずかしいね」
ゆき 「やーだ、考えすぎ。アタシがお兄さんに見えるなんて、目も悪いんじゃないの?」
おばば 「目もね。耳も、頭も悪くなって、どうしよう。生きていけないよー」
ゆき「 急に落ち込まないでー。歳とったら、みんなそんなもんよ。おばばは大丈夫。ほら、センスいいし。
おばば「 センスいい? センス? よくわからないけど、いいことならいいか」
ゆき「 立ち直り、早っ。それより、お疲れ様でした」
おばば 「なにが?」
ゆき 「思い出食堂。長い間頑張りました。みんなにおいしいものをありがとうって、言いにきたの」
おばば 「???? あなた誰? 保健所の人? お客さん? 思い出食堂に来たことがあるの?」
ゆき 「う。うん。まあ来たことがあるといえばあるかな。でも、一人でこうやって来るのは初めてだから、道、不安だった」
おばば「 一回来たことある人の顔は、覚えてるはずなんだけど」
ゆき 「忘れちゃった? 忘れるよね。っていうか、出入り激しいしね。おばばにやさしくしてもらったんだよ。だから。きょう来たの」
おばば 「やさしくしたことなんてあったっけね。頭が悪くなったからすぐ忘れちゃう。目も悪いし、耳も悪い。あーもうダメだ」
ゆき 「また落ち込む。落ち込まないでー。これ、おみやげ。チョコボール。あげる。冷やして食べてね」
おばば 「ありがとうよ。冷やして食べるのかい?」
ゆき「 ♪ひえっひえっ、チョコボール~♪って、CM知ってる? 冷やすのよ」
おばば 「それ、♪くえっくえっ♪じゃないかい?」
ゆき 「え、アタシのおばあちゃんいつも♪ひえっひえっ♪って歌ってたわよ。チョコレート溶けちゃうから冷やして食べるんだって。え?くえっくえっなの? わー、今までずっとひえっひえっだと思ってた。やられたー。
ねえ、チョコボールっていえば、くちばしのところに、金と銀のエンゼルがついてたら、おもちゃの缶詰もらえるって。あれ。金や銀のエンゼルでたことある? 私ないし、周りに出たことある人誰もいないの。あれって、都市伝説なの? それとも明治製菓の陰謀?」
おばば 「も・り・な・が」
ゆき 「え? 森永なの?」
おばば 「も・り・な・が。私、持ってますよ。金色のくちばしが出て、おもちゃの缶詰もらいました。昔、昔、その昔の話」
ゆき 「え、え、え、すごーい。おもちゃの缶詰持ってる人に初めて会った。やっぱりね。最初に会った時から、ただものじゃないと思ったんだ」
おばば 「くだもの?」
ゆき 「え? あ、くだものじゃなく、ただもの。ただものじゃないって、すごいってこと。そうか、おもちゃの缶詰持ってるんだ。やっぱりね。さすが、選ばれし者だわ」
おばば 「一緒にお昼を食べるかい? くだものはないけど」
ゆき「 いいの?食べる! やさしい!」
ゆき 「料理し始めると、すんごいてきぱきするのね」
おばば 「そうかい」
ゆき 「ねえ、どうやったら、肉団子がそんなにきれいに丸くなるの?全部同じ大きさだし」
おばば 「そうかい」
ゆき 「きゅうり、細―くきれいに切れるんだね。早いし」
おばば 「そうかい」
ゆき「 卵焼き、うすーくいい色に焼けてすごいね」
おばば 「そうかい」
ゆき 「おばば、ブスだね」
おばば 「そうかい」
ゆき 「適当に返事してる」
おばば 「そうかい」
ゆき 「もー、聞こえてないの」
おばば 「あああーーー」
ゆき 「どうした? 指切った?」
おばば 「氷が、氷が、なかったよー」
おばば「 ぬるいね」
ゆき 「でも、おいしいよ」
おばば「 ぬるいおそうめんは、おいしくないよ」
ゆき 「そんなことないよ。おいしいって。つゆがおいしいもの。しょうががあうね。肉団子もふわふわだし。お昼から肉団子揚げるなんて、それだけですごいよ」
おばば 「ぬるい。ぬるい。ダメだ、もうダメだー」
ゆき 「また落ち込む。こんなにすぐ落ちこんで、よく長い間お店やってこられたね」
おばば 「若かったからね。急に歳をとったよ」
ゆき 「やだ、歳って、一年一年とっていくんじゃないの?」
おばば 「違うよ。ある時、急にいっぱいとる」
ゆき 「なんか、深いね、おばば」
おばば 「ゆきちは、仕事は何をしているのかい?
ゆき 「ゆきちじゃなくて、ゆきちん。アタシ? なんというか、人と人の間を行ったり来たり。アタシが行くとみんな喜ぶ。ちやほやされる」
おばば 「アイドルみたいだね」
ゆき 「アイドルかあ。そうね、似てるかも。いや、違うなあ」
おばば 「歌は歌えるのかい?」
ゆき 「歌? 歌えるよ」
おばば「 踊りは?」
ゆき「 踊り? できるよ」
おばば 「じゃあ、アイドルだ。握手会とかやるの?」
ゆき 「握手会? そうね、アタシがいないと始まらないけど…。」
おばば「 サインもする?」
ゆき 「サインもする。お話したりもする。そういうのは、友達のアイちゃんが得意」
おばば 「友達と二人でやる仕事なのかい?」
ゆき「 うーん、どうだろう。アタシだけだとなんか冷たい感じ。アタシがいない方が、うまくいくこともあったりしてさ。ちょっと寂しい時もあるんだよ」
おばば 「難しいんだね。よくわからないよ」
ゆき 「すごーくだいじにしてくれる人もいれば、扱いが雑な人もいる」
おばば 「だいじにしてくれる人とだけつきあえばいいんじゃないのかい?」
ゆき 「そうもいかないんだよね」
おばば 「ますます難しい。なぞなぞみたいだね」
ゆき 「難しくないよ。簡単なこと。ほんとはね簡単なことなの。欲張らなければね。おばばは、欲がないよね」
おばば「よくない? さっき、いいって言ったのに」
ゆき 「ああ、違うの。よくないじゃなくて、欲張らないってこと。だから、アタシがここにいるんだけど。あ、こっちの話。ところで、おばばは、なんでお店やめちゃったの?」
おばば 「歳をとったからね。注文が覚えられなかったり、お釣りを間違えたり。それに、おいしい料理を作れなくなっちゃったんだよ」
ゆき 「お釣り多く渡して、損しちゃったことあったよね」
おばば 「そうなんだよ。レジのお金が合わなくてね。なんで知ってるんだい? お釣りをずるしたのゆきちかい?」
ゆき 「違うよ。違うって。おばばは、一万円札を、レジの引き出しにすごく丁寧にしまってくれたよね。気持ちよかった。しわがあるときはていねいに伸ばしてくれた」
おばば 「まるで見てたようだね」
ゆき 「まあね。料理、おいしいのに。さっきのおそうめんのおつゆも、肉団子もすっごくおいしかったよ。まだまだできそうだけど」
おばば 「これはお金とらないからね。プラスマイナスっていうやつだから。
ゆき 「プラスマイナス? もしかしてプライスレスのこと? おばばって、ほんとにおもしろい。引き際ってだいじよね」
おばば 「引き出し?」
ゆき 「違う。引き際。やめる時ってこと。アタシも考えなきゃだなあ」
おばば 「引き出しにしまう物をかい?」
ゆき 「そうだね、何をしまったらいいかしら?」
おばば 「だいじなもの。おもちゃの缶詰」
ゆき 「おもちゃの缶詰、引き出しにしまってるの?」
おばば 「しまってる。だいじだから」
ゆき 「考えたら、おもちゃの缶詰もプライスレスだね。お金で買えない。思い出食堂の思い出もプライスレス」
おばば 「思い出はプラスマイナス。お金で買えない」
ゆき 「そうね。思い出はプライスレス。だいじなものはみんなプライスレス。あーあ、アタシの出番はないってことかあ」
おばば 「ゆきちは引き出しに何をしまう?」
ゆき「 ゆきちじゃなくて、ゆきちん。札束でもしまおうかしらね。
そうだ、これ、あげる」
おばば 「なんだい?中に何が入っているんだろうね。分厚い封筒だね」
ゆき 「だいじなもの。おもちゃの缶詰の引き出しに一緒にしまっておいて。いつか役にたつから。困ったときに思い出して。おばば、アタシそろそろ帰るわ」
おばば 「お返しに、おもちゃの缶詰あげるよ」
ゆき 「え、それはダメだよ。だいじなものは、人にあげちゃダメ」
おばば 「ゆきちも、だいじなものくれたから。引き出しから取ってくるから待っておくれ」
ゆき 「おばば、やさしいな」
孫 「ママ―、おばあちゃん、こんなところで寝てるよ。おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃんってば」
娘 「なにこれ、なんか作ってる。おばあちゃんほんと作るのが好きね」
孫 「肉団子だー」
娘 「おばあちゃん、おばあちゃん」
おばば 「ん? ゆき…」
娘 「何言ってるの、おばあちゃん。ゆきって。今は夏だからゆきなんて降らないわよ」
おばば 「うん?」
娘 「私、私よ。ゆかり」
おばば 「ゆきち?」
娘 「やだ、ゆきちじゃなくて、ゆかりよ。
おばば 「ああ、ゆかりか」
娘 「それよりどうしたの? 何か作ったの?」
おばば 「ああ、お客さんがきてね」
娘 「お客さん? どこに?」
おばば 「あれ、さっきまでいたのに。一緒にお昼を食べたんだよ」
娘 「お昼? だから作ったのね。昼間から肉団子揚げるなんてマメね。まだお店できるんじゃない?」
おばば 「無理無理、ポンコツだからね。プラスマイナスしかできないよ」
娘 「何、プラスマイナスって?」
おばば 「だいじなもののこと」
娘 「おばあちゃん、わかんないよー」
おばば 「だいじなもの……、だいじなもの。あ、ちょっと、見てくる」
おばば 「おもちゃの缶詰がない。ない。やっぱりゆきちにあげたんだ。この封筒なんだっけ?ゆきちがくれた封筒?」
ゆきの声 「おばば」
おばば 「ゆきちかい?」
ゆきの声 「ゆきちんだけどね」
おばば 「ゆきちん」
ゆき 「アタシに会いたくなったら封筒あけて」
おばば 「ん?」
ゆき 「封筒開けたら、そこにアタシがいるよ。
いつもおばばのそばにいるから。安心して。
アタシひとりじゃなくて仲間といるから。
困ったときは思い出してね。
アタシ、ゆきちだから、一万円札だから」
(終わり)
読んでくださった方、ありがとうございます。
アップする際、再度読み返してみました。いや、もう何十回となく読んでいます。
なかなかおもしろいやん。
あれ?さっきの呆然とした気持ちはいずこへ〜。
自分に甘いことシャインマスカットのごとし。
傷口に砂糖ぬるタイプ。
わからないって恐ろしい。
浅はかとは、私のことです。
2020年も夢破れましたが、また来年!
今井さんが「2人並んで受賞しましょう」と、言ってくださった言葉を励みに、来年も書きます!
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