4⃣消滅の危機にあるもの~日本人が飢える日~
ゴールデンウイーク後半がスタート、いつもは義妹から電話が来るのに弟からの電話で驚いた。案の定、母のことだった。母に妄想が現れ、夫婦に当たり散らすという。物盗られ妄想だ。母が物盗られ妄想とは想像外だった。
介護認定もまだ受けてない母の妄想に、まじめな夫婦は悩み疲れ、義妹は親せきの家に数日避難したという。近所では弟の大きな夜中の声に異変を感じ、様子をうかがいに来たという。弟は声が大きく、よく通るからさもありなん。 小一時間の長い話の間、ラブは不安そうに落ち着かない。休み明けに、介護認定を急ぐことと手順を伝え、近所には事情を説明した方がいいと話した。虐待で通報されかねないからだ。弟はため息をついて電話を切った・・・
天皇ご一家は、御料牧場に静養のため出かけられた映像が流れ、
ご一家のリラックスしたご様子や御料牧場の風景に癒されました。
今日は、食のお話、中でも穀類の話を中心に書こうと思います。
というのは、3月頃に書いた(戦後図られた主食の変換と正田一族のかかわり)時に、日本の食料自給率が38パーセントしかなく先進国では最低と知って驚いたからです。
現在、円安の影響による食品の値上げで家計は大きな影響を受けています。実際はコロナの感染が世界的流行をした時から、輸出入は減少せざるを得ない状況でしたから、食品の値上げは長期間続いているというのが実感です。
中でも顕著だったのは、サンマ、さば、イワシなどの魚類が食卓から遠ざかりました。
その時に、食糧危機が始まってるのだと実感しましたよ。
食糧危機の始まりは、ごく最近起きたことではないでのです。
大元は、敗戦後の小麦輸入に行きつきます。
お米を食べる国の私たちが、戦後、アメリカで大量に余った小麦の消費先となり主食の変換を迫られた時から始まりました。
主食の変換は、私たちの食卓の様相を変えることになってきました。
和食から洋食、つまりパン食にあった副菜へと変わってきたわけで、これは食卓を豊かにするという一面ももたらしたと思います。
一方で、日本農業の衰退を招いたのも事実です。これが日本の食料自給率の低下につながるのは言うまでもありません。
減反政策という言葉は聞いたことがあると思います。
アメリカの小麦や穀類の政策に追随し、日本の中では減反政策が1970年から2018年まで行われてきました。
この減反のさなかにコメの凶作に2度みまわれ、緊急に外米を輸入したことがあり、食卓に外米が上ったことがあるのを覚えてる方も多いのではないでしょうか?
それでも減反政策は続いてきました。
ウクライナで戦争がされています。ヨーロッパの胃袋を支える小麦生産地です。パンが食べらえなくなるような宣伝でウクライナ支援の理由にした面もありますが、実際に日本のパンや麺類、家畜の飼料を支えているのはアメリカで輸入は全体の50%近くをしめています。
日本人の胃袋ばかりか、日本の家畜の胃袋も外国によって支えられているという現実は考えてみると大きな危機でしょうと私は思います。
下の記事は、いくつかの食品(トウモロコシ、ジャガイモ、サバなど)を例に挙げ農業問題は政策課題にするべき重要な問題としています。
また、下の動画は短いですがお米農家の方があげているもので戦後の食糧政策について分かりやすく解説しています。
このまま行くと、私たちは輸入に頼った生活がさらに進み農業は
消滅しかねず、一旦コロナや戦争などが起これば
飢えるという状況にあるのだとあらためて思いました。
和食がユネスコの無形文化財に指定されて10年たち、海外からの観光客にも喜ばれている和食文化の危機でもありますね。
天皇皇后両陛下が、和食を世界に発信する背景にはこうした危機感がおありではないか、と私は思いましたよ。
今日はここまで
今日も読んでいただきありがとうございます。❤️