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つきまとう一本【課題:宿命】

登場人物
岩沢 久美(1)〜(13) 中学一年生
岩沢 さつき(26)〜(39) 久美の母・柔道教室経営
岩沢 康平(28) 久美の父 柔道選手
山中 聡(13) 久美のボーイフレンド
坂口(50) 肉屋 店主

親族A、B 覆面男、校長

○オリンピック柔道試合会場〜客席・中
   日本の旗を振ったり、応援の幕を掲げ
   ている超満員の客席。
   柔道着姿の岩沢康平(28)が入場する。
   観客席の上部にあるスクリーンに岩沢
   久美(1)を抱いた岩沢さつき(26)が映る。
   観客達の歓声が上がる。
   さつきが岩沢を見つめている。
   客席のさつきと久美を見て頷く岩沢。
   息を吐き、畳の中央へと進む。対戦相
   手と向かい合って立つ岩沢。
実況の声「金メダル獲得となるか。日本中の
 期待を背負った、岩沢の闘いであります」
   審判が合図をし、試合開始。歓声に包
   まれる会場。様々を伺い、徐々に距離
   を詰めたり離れたりして取っ組み合う
   岩沢と対戦相手。
   盛り上がる客席、声援を送るさつき。
   白熱した岩沢と対戦相手の攻防。
   突然、対戦相手に背負い投げられ宙に
   舞う岩沢の身体。その後、背中から激
   しく畳に落ちる。
   審判が手を挙げる。
   歓声と落胆の声が入り混じる会場内。
   畳の上で倒れたまま動かない岩沢を
   揺する審判。次々に関係者が駆け寄る。
実況の声「惜しくも金メダルを逃した岩沢で
 すが、どうしたのでしょうか?投げられて、
 落ちたまま微動だにしません」
   どよめく客席。心配そうに岩沢を見て
   いるさつき。さつきの腕の中で辺りを
   キョロキョロ見回す久美。

○岩沢道場・外観
   T・12年後。
   『岩沢道場』の札が掛かる柔道会館。

○同・中
   柔道着姿の久美(13)が、数十名の生徒達
   と型の練習をしている。さつき(39)も場
   内を回り、生徒達に指導している。
さつき「じゃあ投げ込み十本、今から始め!」
   すぐにペアを組み、一人がもう一人を
   投げ続ける練習を繰り返す生徒達。
   投げられる側の久美、投げられて数回
   目で顔から畳に落ちる。畳にうずくま
   る久美。周囲の生徒達が練習を止める。
   事態に気付き、久美の元へ来るさつき。
さつき「岩沢、顔を上げろ」
   しゃがんで久美の髪を掴み、顔を上げ
   させるさつき。顔を歪ませる久美。
さつき「たいしたことない、全く……顔から
 落ちるなんて、気が緩んでいる証拠だ」
   立ち上がり久美から離れるさつき。
   久美、さつきの背中を睨みつける。

○岩沢家・居間
   法要の後の宴会が行われている。居間
   の中央には岩沢の写真と銀メダルが置
   かれてある。
   喪服を着たさつきが親族と談笑してい
   る。セーラー服姿の久美の左頬は青い
   痣になっている。久美を見て、
親族A「あのオリンピックの時の子がこんな
 に大きくなったのねー」
親族B「4年後には出場出来るかしらねぇ」
さつき「道は険しいですけど、必ずや行かせ
 てみせます。康平さんの悲願ですから」
親族A「大丈夫よ、久美ちゃんなら。康平さ
 んの娘なんだもの」
   会話の輪に入らず、康平の写真を見て
   いた久美、
久美「……みんな馬鹿じゃないの」
親族A・B「……えっ?」
   立ち上がる久美、親族A・Bに、
久美「私はお父さんのことほとんど覚えてな
 いし、娘だからって柔道が出来る訳でも強
 い訳でもない」
   呆気に取られて親族A・B。
久美「娘が父の想いを果たした、そんなお涙
 頂戴話に浸りたいだけなんだよ、みんな」
   立ち上がり、久美の頬に平手打ちをす
   るさつき。身を縮める親族A・B。
   久美の体を揺らしながら、
さつき「どうしえそんなこと言うの。あなた
 は、康平さんの悲願を……」
久美「私もお母さんも、その悲願に縛られて
 るだけじゃない」
   はっとした表情になるさつき。
   さつきの手を振りほどいて、
久美「親の夢を子供に押し付けないでよ!」
   走って居間を飛び出す久美。力無く、
   さつきがその場に座り込む。静まり
   返る親族一同。
   満面の笑みの岩沢の写真。

○河川敷・サッカーグラウンド(夕)
   帰り支度をしているサッカー少年達の
   中に山中聡(13)がいる。山中が河川敷の
   上の道路を見ると、久美が山中を見て
   いる。久美に手を挙げ、
山中「……」

○商店街(夕)
   久美と山中が並んで歩いている。
山中「おばさんも必死なんだよ、きっと」
久美「……」
   肉屋の前を通り掛かる久美と山中。
   坂口(50)が久美を見つけ、声を掛ける。
坂口「おーい、久美ちゃん」
   立ち止まる久美と山中。
久美「こんにちは」
坂口「どうしたんだい、その顔」
   と、心配そうに久美を見る坂口。
   左頬は青痣、右はさつきに叩かれ
   赤くなっている久美。
坂口「リトマス試験紙みたいだぞ」
   楽しそうに笑う久美と山中。
久美「練習中に、ちょっと」
坂口「そうか、頑張ってるなー。そう言えば
 この前の大会、結果どうだったの?」
   俯いてから、顔を上げ笑顔で、
久美「初戦敗退でした!」
   久美を見ている山中と坂口。
坂口「……そ、そっか。まぁ、また次がある
 さ。これからも頑張んなよ」
久美「はい、ありがとうございます」
   おじぎをして早足に歩き出す久美。坂
   口に礼をし、久美を追い掛ける山中。
久美「みんな心では無理だってわかってるんだ」
   歩き続ける久美。付いて行く山中。
久美「私だって、必死なんだよ……」
   立ち止まり、目に涙を溜めながら、
久美「柔道なんか無くなればいいのに」
山中「……」
   静かに泣き出す久美。久美の肩に手を
   やる山中。
コンビニ店員の声「キャーっ!」
   と、いきなり女性の悲鳴が聞こえる。
   驚く久美と山中。
   数m先のコンビニの中で、覆面をした
   男がレジの店員に刃物を向けている様
   子がガラス越しに通りから見える。
   コンビニから鞄を抱えて出て来た覆面
   の男と鉢合わせになる久美と山中。
   男は刃物を向け二人に対峙する。
   通行人達は身動きが取れず、なす術も
   ない様子。
   駆けつけた坂口、二人に向かって、
坂口「何してる!早く逃げないか!」
   急いで後ろに下がろうとする久美のす
   ぐ横で、地面にへたり込む山中。
久美「ええっ?!」
山中「……だ、ダメだ。腰が抜けた……」
   刃物をチラつかせながら、男が二人に
   歩み寄る。
   坂口が飛び出そうとすると、
覆面男「近付いたらコイツら二人とも刺す!」
   歩みを止める坂口。
   より一層二人に近寄る男。後ずさりも
   出来ない久美。男の足元を見つめる。
   男の足が微かに動く。見つめ続ける久
   美。次の瞬間、男が大きな一歩を踏む。
   顔を上げ、男を見据える久美。
   刃物を振りかざそうと上にあげていた
   男の腕を掴み、肩に乗せる久美。
久美「うわぁー!」
   目をつぶって男を投げる久美。
   男の身体が宙で弧を描いた後、地面に
   叩きつけられる。
   通行人達が男を取り押さえる。
   坂口が二人に駆け寄る。
坂口「大丈夫かあーお前ら!」
   まだ地面に座り込んでいる山中。
坂口「女に守ってもらって情けねぇな」
   久美に向かって、
坂口「火事場のバカ力とはこのことだな。や
 っぱ岩沢康平の娘だな、久美ちゃんは」
   肩で息をしている久美。通行人達が拍
   手を送っている。
久美「……」

○新聞の見出し
   『お手柄!女子中学生、コンビニ強盗
   を御用 父は元・五輪柔道銀メダリス
   ト』の見出しと共に康平と久美の顔写
   真が載っている。

○中学校・体育館
   全校集会が開かれている。
   壇上で校長から賞状を受け取る久美。
   スタンドマイクを使って、
校長「警察署長と市長から表彰がありました。
 皆さん、岩沢さんの危険を顧みない勇気あ
 る行動に拍手を送りましょう」
   拍手する生徒と教職員たち。
   表彰状を皆に見せながら、困惑した表
   情の久美。


創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。