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映画『本日公休』を観て、母に会いに行くことにした
昨年台湾で公開され、
ずっと見たかった作品
それが先月から日本で上映されていて
やっと観に行くことができた
ノスタルジックな映像と
あらすじにとても惹かれたこの作品
元々予告で観ていた通り
映像の質感や色味が好きで、ノスタルジックさと(私が思う)台湾らしい色づかいがとてもタイプだったし、映像の魅力に反して目をつぶって聞きたくなるような「音」も良かった
(パンフレットを読んで知ったが、主役のルー•シャオフェンは4ヶ月間ヘアカットの特訓をして撮影に臨んだらしく、そのハサミ捌きと音が耳障りよく、危うく寝そうになった)
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このストーリーは40年ほど台中の下町で理髪店を営むアールイという母親が、ある日スマホを家に置いたまま出かけてしまうところから始まる。母親はその日、昔からの常連が病床に伏せていることを知り髪を切るため遠くの町まで車を走らせているのだが、偶然そこで実家を訪ねた子どもたちは母親の居場所が分からず心配をする
そのとき、子どもたちは、そういえば母親が普段何をしているのか何も知らないことに気付く
普段は心配されたり気にかけられると疎ましく自分の生活で手一杯の子どもたちも、自分たちの知らない母親の生活が垣間見えたとき、母親にも母親の生活(人生)があるのだとふと気付くのだった
母親は子どもたちの知らないところで、常連客や偶然出会った人との交流があり、積み重ねた時間があり、経験があり…
出会った若者に助けられたり、助けたりすることもありながら、自分の人生を歩んでいる
子どもが独立したあと新たなステージの人生を歩んでいる母親と、それに気付く子どもたち
この作品を観て、私もハッとさせられた
当たり前のことだが、母親にも私の知らない1人の人としての生活があり、そしてこれからも続いて行くということを目の当たりにした
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/157937432/picture_pc_867c47d6262f078c4b8328283e838f25.png?width=1200)
私にも母がいて、その娘であるが、
どこか母のことを1人の個としてよりも
お母さんとして”家族の中での存在として”見てしまうことが多い
そしていつまでも母は母で、私は子どもであるという感覚が当たり前のようにあった
でも母にも、私も知らない
人との交流や経験や思い出があるだろう
母の好きなこと、もの、場所、
今までの経験や、大切にしていることなど
もっともっと知りたいという気持ちになった
そして娘として一番向き合いにくい親の老いについて。母は老いについて何を感じているのだろうか
何を思っているのか知りたくなった
そして次の週末は母に会いに行くことにした
そんなことに思いを馳せながらみたこの作品はいまの自分と家族との関係性も、仕事への向き合い方も、色んなことを見つめ直すきっかけとなった
とにかく、映画全体のトーンもとても好きだったし、これを映画館で観れて良かったな
(上映してる映画館も好きな場所や行ってみたい場所ばかりで、どこで観るか迷いに迷った)