先が見えなくなったあの頃⑥
通院生活が始まり、薬も飲むようになり、
これまでの人生とはまるで違う生活に変わろうとしていた。
順調にゴミ屋敷に成長していく部屋。
カビの目立つ風呂。
筆舌したくない状態になったトイレ。
テレビも音楽も流さず、BGM代わりに垂れ流しているYouTube。
病院行ってから、謎の安堵感と絶望感が短いスパンで交互にやってくる。
これからNさんに迷惑かける事になるのだろうか?いや、既にかけてしまっているかもしれない。
いい加減親に連絡しないと…。
意を決して母親に電話した。
「もしもし、どうした?」
いつもと変わらない調子で電話に出た。
「ああ、実はちょっと話があってね…。」と早速切り出した。
・長い間、メンタルが不安定の状態だった事。
・気のせいだとか甘えだと思って耐えていた事。
・いつかこの状態から抜け出せると思っていたが、それどころかどんどん悪くなっていった事。
・仕事にも影響が出ている事。
・Nさんって言う仲良くなったお客さんに紹介された病院に最近通院し始めた事。
・今は薬でなんとかなっている。だから電話でも普通に話せている事。
以上の事を伝え、母親は
「ん〜…、そっかぁ…。たまにこっちに帰って来た時に気付いてやれなかったね、ごめん。とりあえず、今は大丈夫なのね?予定見て近々そっち行くわ」と言われ、電話は終わった。
あーあ、自分で言うのもアレだが、昔から親やその周りの大人達の間では自分は“しっかりした子”だった。
これがついに崩れる時が来たんだ…。
地元の友達もショック受けるか、失望するだろうなぁ…。「あんな明るかったヤツが…」って。
これからは“社会に出て壊れてしまったヤツ”って言うヤツが出てくるんだろうなぁ…。これからどんな面下げて生きていけばいいんだろうか?
それでもNさんは「よく頑張った!勇気出して親御さんにカミングアウト出来たのは偉い!それは前進だよ!」と誉めてくれたが、確かに半分嬉しかったけど、これがホントに偉いのか?ホントに前進してんのか?
もう本当によく分からなくなってた。
やっぱ自分で鞭打って歩き続けなきゃいけないのか?
薬も大分しんどかった。
寝る前に服用して寝ると、途中半分起きてる状態で金縛りのように体が動かず「キーっ、キャーっ」っと勝手に奇声を発しちゃってるし、仕事中は体動かしながら寝ちゃいそうになる程の異次元の睡魔に襲われるし、服用するタイミングを誤ると酔っ払ったみたいにハイになり過ぎて、その状態がいつまでも続き「誰か止めてくれ」って思う程だった。
ヤク物ってきっとこんな感じなんだろうな。
職場には通院してしばらくしてからカミングアウトし、「迷惑はかけると思うが、先生と相談しつつ仕事は続ける」と伝えた。
しかし、当時は“うつ”っていう言葉がようやく浸透し始めた時代。上司の反応は困惑とともに当たりの強い言葉が返って来た。「え?何?ずっと様子がおかしいとは思っていたけど、優しくしてくれって事?他のスタッフがいる手前それはちょっと…。あなたからこうしてくれが何一つ無いから分からない。」
自分もどうして欲しいか分からない。
特別扱いしてくれってワケじゃ無い。
「まだ通院したばっかで、自分もよく分かって無いです。ただ、薬を服用してるんでとりあえず今まで通り接して貰えばいいです。すいません。」
みたいな事を伝えたと思う。
そして、先生は中々ハッキリした事を言ってくれない。抑うつ傾向にあるとか社会不安障害と言ったと思ったらあなたは病気じゃないと言う。
病気じゃないのになんでサインバルタを規定MAXの量を処方してくるんだよ?
病気じゃないって言い聞かせていれば気持ちが誤魔化されて症状が軽くなるとでも?
もうそのフェーズはとっくに過ぎてるよ。だから、この病院に来たんだよ。確かに自覚症状はあるから、周りのうつ患者に比べたら軽い方かもしれないけど。
ハッキリしない事やハッキリしたいけど出来ない事に挟まれて何も出来ないまま、どんどんおかしくなってダメになって、行き倒れて人生終わっちゃうのかなぁ。
ただただ、オートマチックにやってくる日を無感情のままこなすしか無かった。
母親に電話してから一週間後、連絡があった。
1ヶ月後にそっちに様子見に行くとの事だった。
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