ソーシャルリスニングを活用し、企業の評判を可視化する方法
A氏
「ちょっと前の日大アメフト部の危険タックル問題。結局、理事長さんは一度も会見をやらなかったけど、正解だったよな。最近話題にもならないし、大勢に影響なかったじゃない」
B氏
「いや、あれだけメディアやネットで批判されたんだ。こういうのがボディーブローのように、あとあと大学の評判にきいてくるんだよ」
これは、知人同士の雑談でのやりとり。
この事案が発生した後、先述の大学はオープンキャンパスへの来場者が減少し、翌春の志願者数も減少したことがニュースになりました。しかし、最近はほとんどこの話題を目にすることもなくなりました。
評判への影響を把握するには
影響がなくなるまでの間、批判に耐えられる体力がある企業や組織にとっては、トップや関係者が責任を取らなくても事態が収拾するのであれば、「だんまりを決め込む危機対応もありじゃないか?」と思うかもしれません。
このようなことも、クチコミを分析することで、企業や組織の評判に及ぼす影響を可視化、検証し、さらに具体的な対応策へ導くこともできます。
今回は、「トレンド方式」を用いてツイート件数推移から企業・組織の評判への影響を把握する手法について説明します。手法を説明するにあたり、最近何かと話題が多い富士フイルムさんに関連するツイートを事例として取り上げてみます。
「富士フイルム」を含むツイート件数の推移と拡散強度
下のグラフは今年に入ってからの「富士フイルム」を含むツイートの件数推移です。
このデータにトレンド方式を適用し、拡散強度を求めたグラフが以下です。
※トレンド方式の詳しい説明については、前回の記事をご参照ください。
何件かの拡散期間が発生していることが分かりますね。2月5日ごろに非常に高い拡散強度が確認できます。2月5日ごろの拡散期間ほど大きくはないですが、3月18日と5月8日あたりにも拡散期間が確認できました。途中にも拡散期間が見られますが、今回はこの3つの期間を詳細に見てみましょう。
企業レピュテーションのスコア化
企業の評判(レピュテーション)を定量化する手法としては、米国の雑誌社が毎年発表している下表のような手法があります。
この中の一つ、RQの考え方を使って企業の評判への影響を分析してみましょう。
RQ (Reputation Quotient) とは
RQは、Fombrunらが開発した企業レピュテーション指数です。
Charles, Fombrun J; Naomi, Gardberg A; Joy, Sever M
, The Reputation Quotient: A multi-stakeholder measure of corporate reputation,(2000)
※RQはThe Harris Poll社の商標です
The Harris Poll社が有する会員データベースより、アメリカの成人を対象にアンケート調査を行うことで、指数化する基礎情報を収集しています。3万人以上の生活者を対象とし、
① Emotional Appeal(情熱的アピール:情緒)
② Products & Service(製品とサービス:製品)
③ Financial Performance(財務パフォーマンス:財務)
④ Vision & Leadership(ビジョンとリーダーシップ:ビジョン)
⑤ Workplace Environment(職場環境:職場)
⑥ Social Responsibility(社会的責任:責任)
この6つの領域からなる20の属性が7段階リッカートスケールで質問され、その回答結果をスコア化したものです。
RQは、Wall Steet Journal紙で1999年から2005年まで毎年ランキングが発表されていましたが、現在はThe Harris Poll社が引き継ぎ発表をしています。対象は米国企業のみです。2006年以降、Wall Steet Journal紙では、同じくFombrunらがRQを改良した新たな指標RepTrakに基づき発表をしています。
一方、The Harris Poll社も、The Axios Harris Poll 100として、9カテゴリーをスコア化してランキングを掲載しています。ちなみに昨年の首位はAmazonを抑えWegmans(スーパーマーケット)がトップでした。
クチコミが評判に及ぼす影響の指標化
RQの6つの領域を参考にし、クチコミの変化を領域別に観測すれば、ネット炎上が発生した際に、企業の評判にどのような観点で、どの程度影響を及ぼしたかを可視化することができます。
下のグラフはRQ領域別のツイート件数推移を示しています。抽出する条件は、「富士フイルム」と一緒に各領域のことを語る際に使われそうな単語が含まれることとします。例えば、「製品」領域のツイートを抽出するは検索キーワードは、次のように設定しています。
富士フイルム AND ( 安い OR 高い OR 丁寧 OR 粗雑 OR 早い OR 遅い OR 品質 OR 製品 OR スナップ OR 写真 OR カメラ OR 撮る OR 原料 OR アビガン OR 酸素 OR 治療 OR 副作用 OR 効く OR 飲む)
ここで、「安い」「高い」といった製品を説明するときに使われる定型単語群と、「富士フイルム」と一緒に語られることの多い単語の中で製品に使われる頻出単語群をOR条件とします。
今回の頻出単語群は、「カメラ」「写真」や「アビガン」などが該当しました。このようにして、各領域のツイートの抽出条件を定め、それぞれのツイート件数の推移をグラフにしたところ、下図のようになりました。
これにトレンド方式を適用してみます。
一度目(2月初旬)の拡散期間
2月5日~2月7日の3日間にわたり大きな拡散状態が確認できます。これは、富士フイルムの新製品「X100V」のプロモーションビデオが大きな話題を集めたことによるものです。
プロモーションビデオでは、ストリートスナップという撮影手法が紹介されています。著名なカメラマンが街中で、一般人にいきなりカメラを向け撮影する様子に、批判的な意見がネット上にあふれました。富士フィルムは、この批判を受けて、公開日のうちに削除し、謝罪のリリースを発表していますが、この対応自体も批判されました。
この話題は、ネットニュースでも数多く取り上げられました。
このタイミングにおける日ごとの拡散強度を各領域別に積み上げ棒グラフにしたのが下図です。各領域の拡散強度を積み上げると2月6日には200に届きそうな凄まじい拡散が確認できます。
プロモーションビデオを公開・削除した日は2月5日です。ここでは「ビジョン」領域の拡散が最も大きく、翌日の2月6日に「情緒」領域が大きくなっています。
2月5日はこのようなプロモーションビデオを公開したことに対して、「良識を疑う」といった否定的な意見や「よくぞ公開してくれた」と賛同する意見が入り混じっていました。
2月6日には撮影方法について「盗撮と変わらない」「怖い」といった感情的な発言が増加したことが分かります。職場については、社内のチェック体制に対する疑問などが拡大したものと思われます。
二度目(3月中旬)の拡散期間
二度目の拡散期間は3月17日~3月19日の3日間です。ここの主な話題は、中国政府が「アビガン」の有効性を確認したという記事が発端です。
このため、以下のような株価上昇が期待できるとの思惑を語るツイートが増加したため「財務」領域が反応しました。
また、下のツイートのように、新型コロナ感染を終息させる商品を量産させる企業であるとの見方から、「社会的責任」領域も強く反応しています。
三度目(5月中旬)の拡散期間
5月6日をピークに、5月5日~5月10日ごろまで拡散が続いた期間です。拡散強度は一度目、二度目に比べると小さいですが、長期間にわたり拡散が継続しています。複数の話題が入り混じっている様子が伺えます。
5月5日、5月6日はNHKのニュース『安倍首相 アビガン無償供与などイランを支援 新型コロナ対応』に反応した以下のツイートなどで、アビガンの製造元として富士フィルムの名前が使われていることが、拡散を引き起こした原因です。人道支援の一環という話題でもあるので、「社会的責任」領域が反応しています。
5月6日、7日では「財務」領域が反応しています。このタイミングでは「富士フイルムが政権と癒着して、利益をあげている」との噂が拡散しています。ちなみに、噂の元ツイートはすでに削除されています。
その後5月8日には、元国会議員の中津川ひろさと氏の以下のツイートが拡散の原因となっています。日本のコロナ感染終息に富士フイルムが貢献していることをにじませる内容です。「期待」という単語を「社会貢献」領域の頻出単語群に登録していたことで、この領域の拡散が確認できました。
まとめ
今回は、企業名をキーワードにRQで規定しているレピュテーションを構成する6つの領域ごとのツイート件数にトレンド方式を適用してみました。
一度目の拡散は批判的な意見を数多く集めた話題が原因でした。「情緒」領域のツイートが急増していることから、人々が感情的な反応をしていることが分かります。二度目の拡散は、今後収益や株価が上がるかもしれないという思惑から「財務」領域の急増が確認できました。三度目の拡散も「財務」領域が反応しました。二回目と同じく会社が利益を上げることを予測していますが、政府との癒着をほのめかす憶測が原因でした。
このように、タイミングごとに異なる原因によって、拡散を生みだしていることが分かります。二段階に検索条件を絞り込んで分析することで、単純に企業名を含むクチコミ数の推移だけでは見えてこなかった実態を見ることができますね。
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【書いた人】
福田 浩至
株式会社ループス・コミュニケーションズ副社長、博士(情報管理)
多数の企業にて、ソーシャルメディアの効果的かつ安全な運営を支援しています。 特に、企業のソーシャルメディア活用におけるルール「ソーシャルメディア・ポリシー」策定や啓蒙教育など積極的な守りの仕組みづくりが専門領域です。