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【短編】僕にはカレーがあるから|3|裸の王様

3皿目*裸の王様

AM:5:30
また同じ夢か。
笑い声が聞こえ、泣いて起きた。

子供達との会話が無くなって2年近くになる。俺はもう、2人には存在しない透明な父親になってしまったのだ。定年が見え始め、仕事も家族も失いそうになっている。

「おい、その態度は何なんだ。またマンガなんか買ったのか。誰のお金だと思っているんだ。くだらんマンガを買うなら小遣いはやらないぞ。アホか」

「何でマンガはダメなの?参考書ならいいの?私がもらったお小遣いを何に使ってもよくない?あー、私のお小遣いじゃなくてパパのお金ですね。そのお金でマンガを買い申し訳ありませんでした」

受験生の娘、あかりの態度に腹が立つ。

「本当にキミは何なんだ。そんな口の利き方をするなら、パパはもう一生キミに小遣いなんかやらないからな」

「もうそれでいいよ。”お小遣い”はいらない。何もいらないよ」娘は泣きながら大きな足音を立てリビングから出て行った。

「わかった、パパはもうキミに一生何も買ってやらないからな!」
大声で怒鳴るしかなかった。”俺の金”それを言えれば満足だった。

「誰にでも毎回そのフレーズ言うんだね。ここは家族の家じゃなくて”パパ” の家ってことか。俺達、住まわせてもらってる上に毎日お金がかかりすみません」
後ろのソファにいた息子が聞こえるように呟いた。

2年前のこの一件から娘とは挨拶以外に会話はない。俺と顔を合わせないように娘は部屋から出てこなくなった。

娘だけじゃない。休みの日にソファで横になっているだけの息子に文句を吐き、俺はグチグチと嫌味を放った。自分の存在や価値観を押しつけ世界の中心に立っているような話し方で怒鳴り、捨て台詞を吐き子供達を黙らせてきた。

今振り返れば2人とも思春期の反抗。娘にだって何も言う必要はなかった。リビングでただマンガを読んでいただけで受験勉強の合間の気分転換だったのかもしれない。

娘が小学校高学年になる頃、妻に言われたことがあった。

「大声出したり物に当たったり、それって癇癪。何がそんなに嫌なの?何に怒ってるの?ゴミ箱蹴るとか本当にやめてもらえない?あかりが怖がっていること気づかない?」

癇癪?怖い?
なんだよ癇癪って。俺を病気扱いするのか?妻に言い返してやろうと思ったが言葉に詰まった。

「そんな風に怒ってピリピリしていたら、いつか子供達は離れていってしまうからね。今はまだ小学生だからあまり分からないだろうけど、思春期になってもそんな高圧的な話し方をしていたら避けられて最後は嫌われちゃうよ。これ忠告だから」

「好きに言えばいい。家族を食わせているのは俺だからな。いちいちうるさいんだよ。何を言おうと俺の勝手だし間違ってない。俺がそんなに嫌なら離婚でも別居でもしてやるよ」

「すぐ離婚とか飛躍しすぎ。子供に対して話し方や態度が怖いよって注意しただけなのに、それにも文句?家族の言葉にも耳を傾けなくなったらいつか裸の王様になっちゃうからね」

家族の為に働いてきた俺に『裸の王様』だと?どいつもこいつも酷いじゃないか。

* * *

口うるさい両親に育てられたせいで、俺も口が悪いのだろう。でも親はそんなもんだと思っていた。関西生まれの父親は今の俺以上に言葉が荒かったがその反面教師、俺は穏やかな人間になったと自分自身では思っていた。だが妻はそうではないらしい。裸の王様なんぞ到底容認できない。

俺は知っている。俺が居ない時、母子でお出かけしたり、ゲームや映画、娯楽、外食にお金を使い贅沢三昧だったことを。海外出張から帰国した時に、妻にはお金を使いすぎだと忠告した記憶が何回もある。

妻は黙って聞いていた。
いや、初めの頃は反抗もあった。

「私は沢山使っているとは思わない。お給料を頂き感謝してます。あなたが海外出張に出れば3ヶ月間1人で育児をして、帰国してもまた1週間で出張。その繰り返しの1年が何年も続いていることは分かってる?
学校や幼稚園があればいい。でも夏休みは長いし24時間を全てを私1人でこなさなきゃならない。
映画を見たりお出かけしたりすると気分が解放されて、また頑張れる余裕が出来るの。母子そんな状況にある事を理解してほしい。パパはほとんど日本にいないし、この生活は出産前からだからもう10年になるよ」

この女またか。すぐに私1人1人って言う。
お出かけついでに自分の服買ってるだろ。化粧品や靴も。残高の減りを見ればわかるんだよ。さも”私1人”で頑張っていますと言わんばかりの言い草。結局は理由つけて俺の金を使ってるだろう。

俺の金を”自分のもの”のように使う家族が煩わしい。父親を大事にしないくせに自分達は反抗し感謝もなく小遣いばかり欲しがる子供達。もう全てが鬱陶しい。

この家にいると息が詰まる。
久しぶりにキャンプへ行くか。ふとそんな気になった。どうせ家族を誘っても誰も行かないないだろう。予約無しで泊まれるオートキャンプ場がすぐに見つかった。昔、利用したことがある温泉付きのキャンプ場だ。

出かけている家族宛にメモを残そうとテーブルを見ると、先に置いてあるメモが目に入った。

「夏休みなので実家に行ってきます。1週間位泊まる予定です」

キャンプに誘うどころか、そもそも居ないじゃないか。何も言わずに実家か。逆に気が楽になった。

久しぶりの長距離ドライブ。テントを張り、炭に火をつける。自由気まま、ワインを開けチーズにバゲット、肴には缶の牡蠣を温めてチーズを乗せる。美味しいはずだ。静かな夜は完璧で1人キャンプは想像以上に快適だった。

飲み過ぎたのか凄く眠い。焚き火は弱まってきているが暖かく気持ちがいい。


『パパー、今日は何作るのー?カレー?あかりも一緒に作るー。わぁ大っきいジャガイモー』

『ずるいー、僕がジャガイモ切るー』


AM:5:30キャンプの朝は早い。
また夢を見て泣いて起きた。

なんでカレーの夢なんか。そういえば、キャンプでカレーをよく作ったよな。子供達と野菜を洗って切って炒めて。それがいつだったのか、子供達が何歳だったのかも思い出せない。ひびきは年少ってとこか?

なぜだろう?カレーのことが頭から離れない。早朝で怒られそうだが妻にメッセージを送ってみた。

「朝から悪いな。俺さ、キャンプで子供達とカレー作ったのっていつ頃だっけ?あ、今キャンプに来てるんだ」

朝早いしすぐに返信はないだろう。
キャンプチェアに座りコーヒーを飲んでいたら意外に早く返信が来た。

「朝から何?メッセージ音が鳴ったから驚いたわよ。慌てて開いたらカレーの話?あのさ、キャンプなんて何十回も行ったじゃない。突然何?」

妻のいちいち物申す言い方に腹が立つ。

「あかりが小3とか4とかの夏休みにキャンプでカレー作ったよな。ダッチオーブンで食べただろ?ひびきは園児だったか?」

「何のこと?ダッチオーブンってあの黒い大きい鍋?あれは、子供達がキャンプに行かなくなってからあなたが趣味で買ったんじゃない?私の記憶にあるのは家で使わなくなった両手鍋だけど」

いつも通りに噛み合わない会話だ。
俺はダッチオーブンを使ってる記憶しかない。両手鍋ってなんだよ。

またスマホが鳴った。

「追伸
子供とカレーを作った話をしていたけど、あなたは一度だって一緒に作っていないわ。子供にも私にも”アレやれコレやれ”ってワイン飲みながら指示していただけ。作ったのは私と子供達よ」

何を言っているんだ。全部俺の記憶違いって言うのか?そんなはずない。子供達とカレーの準備をした記憶はある。友人に子供とのキャンプ話をしたことがあるし、カレーも食べた記憶がちゃんとある。でも記憶をたどると確かに俺はキャンプ場に着くとすぐビールを飲み、夕飯時まで寝ていた気もする。でもカレーの味はしっかり覚えているから食べたことは間違いない。

もやもやしながら、今日一日をどう過ごそうか考えていた時スマホが鳴った。

「パパ元気?キャンプに行ってるんだってね。俺達いなくて快適なんじゃない?昨日は久々に葉山方面に行ってきたよ。今日は海沿いを走りながら珊瑚礁のカレーを食べに行くよ。パパもソロキャン楽しんでな!」

反抗期無口なひびきからメッセージが来るとは珍しい。

その夜、またひびきからメッセージが届いた。あいつは暇なのか?小遣いでも欲しいのか?今は焚き火の準備をしながら美味しいワインを飲んでいるし読むのは後にしよう。今頃向こうは珊瑚礁で美味しいカレーを食べている頃で、返信は急がないだろう。

「今花火してるよ。カセットコンロ出してマシュマロ焼いてるで。我が家特製のマシュマロリッツ。これ、あかの大好物。珊瑚礁のカレーもマジうまかったで」

花火とマシュマロを食べてる写真が2枚添付されていた。3人楽しそうだ。あかりはこんな風に笑うのか。俺には見せない大人になった娘の笑顔に胸がつまった。

「パパは久しぶりにカレーを作って食べてるよ。ひびきが小さい頃一緒に作ったキャンプのカレー、懐かしいだろ?」息子に返信した。

「美味そうだね。キャンプのカレーとか懐かしいよ。でもさパパと一緒には作ってないよね。パパいつも酔っぱらって寝ちゃってさ。ママとあかと3人で作ったよ。それに甘口のバーモントカレーはパパには甘すぎるって嫌がってたじゃん」

一緒にカレーを作ってない事実を息子から言われて愕然とした。

まるで裸の王様じゃないか。
俺は家族の何を見て生きてきたんだ。自分の身勝手さに腹が立ち、同時に情けなくなった。酔っぱらって寝ているのに一緒にカレーを作ったと思い込み、こんな自己中な父親を長年見てきたんだから子供達の俺への態度は腑に落ちた。

家へ帰ろう。明日妻の実家にみんなを迎えに行こう。ワインを飲まずに寝るのは久しぶりだ。

起床してすぐにテントを片付け、キャンプ場を後にした。長年忘れていた宝物を見つけに行くような高まる気持ち。連絡せずに行って驚かせよう。あかりとひびきに会いたい。そして謝りたい。

* * *

妻の実家へ出かける少し前にメール便の投函に気がついた。差出人は妻だった。開けると中に紙切れが1枚、離婚届だった。隅には黄色い付箋が貼られていた。

〈色々お世話になりました。これは私の区切り、先に送ります。最後、家族4人でカレーを食べたかったわね〉

付箋の端にカレーライスと裸のオジサンが描かれていた。王冠を被る裸のオジサンの絵をずっと見ていた。情けないが人生で始めて俺は咽び泣いた。

〈4皿目へ〉

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