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【随想】キングオブコント2024 ラブレターズに寄す

キングオブコント決勝。
多くの組を面白いと感じたが、ラブレターズのファーストステージのネタが心を打った。
もちろん笑ったのだが、ストーリーが上質な短編小説のようで素晴らしかった。

引きこもり息子を持つ家族の話。
息子の部屋着を洗濯する母は、息子に関わろうとしない父にイライラしている。
ヒステリーになった母は父に部屋着を投げつける。
父はイライラしながらその部屋着を拾い、母に手渡そうとすると、部屋着のポケットからどんぐりが一粒落っこちる。
なぜどんぐりが?
どんぐりが存在するということは、息子が外に出られているということ。
二人はそのことに気づき、嗚咽する。
いやでも、このどんぐりは息子が最近手に入れたものかどうか分からない。でも古いどんぐりであれば腐っているはずだ。
父はすぐさまネットで調べる。
やっぱりそうだ。
茹でて乾燥させなければ、2年でどんぐりは腐ってしまう。
父はどんぐりの他に息子が外に出ている物証がないか部屋に確認しに向かう。
そして息子の部屋から見つかる大量のどんぐり。
これだけどんぐりを集めてるんだから、もしかしたら息子の名前とどんぐりで検索すれば何か引っかかるかもしれない。
あった。
ヒヤマどんぐりのどんぐりチャンネル。
動画を再生すると、2年間聞いていなかった息子の声が流れる。
感極まる二人。
そして息子は、どんぐり笛で井上陽水の「少年時代」を演奏し始める。
つまづきながらも必死に演奏を続ける息子を見守り応援する二人。
よかった。
息子は引きこもりじゃない。
しっかりと社会へ出ようと頑張っている。

と、こういうストーリーだ。
これだけ聞いたらただのいい話だ。
ただ二人の過剰な演技によって面白いと感じさせている。
二人が喜びを噛みしめているシーンで一番の笑いが起こる。
そう言葉を発していない。
シチュエーションで笑わせる。
これを普通の短編ドラマにしたところで面白くはないだろう。
コントでしか味わえない笑いと感動。
何がそこまで感動させるのか、分析してみる。

まず、冒頭、息子が2年間引きこもりであること、だから2年間声を聞いていないこと、父親はまったく息子に関わろうとしないこと、部屋に入っていないことを父と母の最小限のやり取りで視聴者にわからせる。
そして、父と母はやり場のない感情をお互いにぶつけあっている。
物語は、笑いとは程遠い苦しい悲しいところからスタートする。
そして最初の笑いの爆発はたった一つのどんぐりから起こる。
どんぐりというとても小さくかわいらしいピュアな存在が冒頭の悲しみとの落差で笑いを運んでくる。
正直この時点で視聴者は「?」だっただろう。
どんぐりの発見から、すぐに息子が外に出ているかもしれないと思った人はどのくらいいただろう。
それよりも落ちてきたものがいったい何だったのか?
テレビサイズでは、小さくて目に見えない。
しかし何かが床を打つ音だけが聞こえる。
それが「どんぐり」であることの意外性にまず笑ったのだ。
二人はどんぐりから息子が外に出ている可能性にすぐさま行き着く。
それは引きこもりの息子のことを心底心配する両親だからこその思考の流れだ。
なんでどんぐり?ではなく、「どんぐり=外に出てる」とすぐに思考が飛躍している。
ようやく視聴者はその二人と同じ気持ちに追いつく。
そしてここからは二人が「どんぐり=外に出てる」ことを証明するための推理のパートになる。
まずはどんぐりが引きこもりになる前に手に入れたものではないかを調べる。
どんぐりは2年で腐る(冒頭の2年間引きこもっているという母の言葉がここの伏線となっている)。
つまり今このどんぐりが腐っていないということは最近外に出て拾ってきたということになる。
しかしどんぐり一つではそう決めつけるには心もとない。
息子の部屋を探して他に外に出た形跡がないかを探ってみると父が言う。
「あんたは何もしない、息子の部屋にも入ったことがない」と母から苦言を呈されていた父が自ら行動し、息子の部屋へと向かうのだ。
これも父の変化を描く落差だ。
そしてその間にもう一つのどんぐりを見つける母。
ここで視聴者はどんぐり多いなと、外に出てる証拠としてどんぐり以外にないのか、という笑いが少し乗っかる。
そこですかさず父登場。
大量のどんぐりを抱えてやってくる。
大爆笑。どんぐり二つからどんぐりが大量になる。
ここも急な落差だ。
どんぐり以外の証拠を探しに行ったはずなのに、どんぐり以外の手がかりを見つけられなかった父が可笑しい。
これはどんぐりを調べた方がいいんじゃないかとなる。
どんぐり+息子の名前で調べてみようとなる。
ここも飛躍があるが、藁にも縋る気持ちの両親であれば理解できる。
そして検索。
すると、息子がアップしている「どんぐりチャンネル」がヒットする。
動画を再生すると、息子の声がPCから聞こえてくる。
ここも「息子の声を2年間聞いてない」というフリが効いているというか伏線回収だ。
動画は続き、息子は井上陽水の『少年時代』をどんぐり笛で演奏するという。
どんぐり笛というのも可笑しいが、始まった演奏はとても弱弱しく、しかし息子がちょっとずつ外に出ようと自分を変えようとしている様子が伝わってくる。
ここまできたら、両親とともに応援している自分がいる。
途中で咳込みうまく演奏できない息子を「頑張れー!」と応援するする父と母。
再び演奏が始まる。
ここで感動はピークに。
両親は言葉を発さずハイタッチすると手に持っていたどんぐりの袋が破裂。
舞台上にどんぐりが綺麗にぶちまけられる。
ハイタッチだけじゃこんなに笑えない。
どんぐりが舞台上に散らばるから面白い。
いがみ合っていた険悪な両親がここで完全に意気投合した瞬間でもある。
そして母は関連動画で息子がもっと外に出ていることを目撃し終幕。

ラブレターズはずっと音楽ネタのイメージがある。
『西岡中学校』もそうだし『野球拳』のネタもそうだ。
このネタも例外ではない。
両親の嗚咽がビートを刻み、どんぐりの音がメロディを奏でる。
どんぐり一粒が床を打つ音から始まり、父から母へと受け渡される大量のどんぐりが、手から零れ落ちる音で盛り上がっていく。
それはまるで、抑えていた涙が零れ落ちるように豊かに床を叩く。
そして辛うじて母が手に持っていたどんぐり(堪えていた涙)は「あの子が喋ってる!」で全落ち(落涙)する。
母の涙腺が崩壊したのだ。
そこから、息子はどんぐりでメロディを奏で、そしてクライマックス、一番の大音量で父が持っていたどんぐり袋がはじけ飛ぶ。
それらの音はすべて感情とリンクしている。
父と母の小ボケや軽口は、決して面白くない。
けれど、この父と母なら、普段からこのくらいのことしか言わないのだろう。
冒頭に短編小説のようだと言ったが、このどんぐりぶちまけのダイナミクスさは、コントという視覚聴覚表現でしか味わえない。
ラブレターズさん、おめでとうございます!

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