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【LTRインタビュー:竹本駒之助(たけもと・こまのすけ)】この一句をどう言うか。いまも悩んでばかりです

(初投稿2024/7/16、最終改稿2024/7/16)

女流義太夫とは、文字どおり女性による義太夫語りのこと。歌舞伎や人形浄瑠璃と違い、太夫の語りと三味線だけで表現する素浄瑠璃(すじょうるり)のかたちで演じることが多い。現在、太夫として男女の別なく最高峰の一人と称されるのが竹本駒之助さんだ。昨年、西宮市の白鷹禄水苑にて「第七回 酒都で聴く女流義太夫の会」という文化イベントが催された折、LTRは録音録画と併せて駒之助さんにお話を聞く機会をいただいた。その貴重な記録をお届けしよう。

 今日やらせていただく「烏帽子折莩源氏(えぼしおりみばえげんじ) 伏見の里の段」は、私が師匠の四代目竹本越路大夫から受け継いで大切にしてきた演目です。近松門左衛門の原作「源氏烏帽子折」は、源義経伝説を下敷きに、お能の「烏帽子折」などの影響も受けて脚色された時代物で「伏見の里の段」はその前日譚ともいえるもの。常盤御前と三人の幼子が平家の追っ手を逃れ、ようよう伏見の地にたどり着く場面から始まります。「降る雪の」という冒頭の一句をどう言うか。白一色の雪景色と、そこをさまよう常磐親子のよるべない姿がお客さんの目に見えてこそ、物語のなかに入っていただけると思いますので。とにもかくにも、床本(筆書きの台本)の一文字一文字をゆるがせにしないことを心がけています。どの曲も簡単にできるものはないですけど、これはとくに難解というか、お稽古中もどうしたらいいかと悩みました。この外題のすばらしさを客席のお一人お一人に伝えたいと、気を引き締めています。

太夫は、筋書きや情景描写ばかりか何人もの登場人物の心情も台詞を通して演じ分けるが、そのような技量は一朝一夕に身につくものではない。駒之助さんは14歳で本格的な修業を始め、当時の名だたる名人たちに芸を仕込まれた。これが自分の道と決めてからは脇見をせず、天職と思い打ち込んで70年余り。1999年に人間国宝となってからも精進を怠らずお稽古に明け暮れる日々だが、本番が近づくと緊張が高まるのは若いころと変わらないと、苦笑交じりに話す。

 文楽のように人形さんがあればラクな面もあるかもしれませんが、(女流義太夫は)お客さんの視線がこっちに集中するので、神経がピリピリ(笑)。今日は、白鷹禄水苑プロデューサーの辰馬朱滿子さんやスタッフの方たちが手助けしてくださって、そのうえ外題の由来をくわしく知る一助にと、お能の「烏帽子折」の牛若丸元服の場面を観世流シテ方の寺澤幸祐さんと大蔵流小鼓方の久田舜一郎さんが演じてくださるとのこと。とてもありがたく、この人(三味線の鶴澤津賀花さん)と二人でなんとかやらせていただこうと、いつにも増して気持ちがのっています。
 いまの時代、お客さんも以前とだいぶ変わってきたと感じることもありますけど、お聴きになったらわかっていただけると思うんです。いつも頭にあるのは、床本の文章をできるだけ理解していただけるように、そして登場人物がすっと動き出すように語ること。長くやっていても、なかなかそこまでいきませんけれど……。

「舞台は戦場」と駒之助さんは語ったことがある。お稽古のときと本番とは〝気〟が違うから、舞台を聴くことがなにより大切。自らも修業時代に多くの名人方の舞台を聴かせていただいて、耳に残ったものが身についている、と。つらく悲しい題材が大半の演目を表情豊かに力をこめて語る太夫と、多彩な音色で太夫を支え、ときには先導する役割ももつ三味線奏者と。息の合った二人の芸がお客さんを物語の世界にいざない、劇場は熱い感動に満たされる。

 お声をかけていただくたびに、新たな気持ちで演目に取り組みます。自分はこういうふうに演じているけど、そうじゃないのでは? と考えながらやることもあります。
 今日の外題は非常に難しいとされ、めったに上演されません。どなたもおやりにならず、文楽での興行も久しく途絶えていました。今回、私がやらせていただくことになって、師匠の考えどおりにいけるかと不安も感じているんです。草葉の陰で師匠が「それは違うぞ」とおっしゃってはいないか、師匠がいらっしゃらないのに勝手にやったらいけないと反省したり。
 やはり大事なのは、健康でいることです。体調が良くないと声は出ませんし、それでは劇場に足を運んでくださったお客さんに申し訳ない。また、若いときでないとやれない演目も増えてきました。私もだんだんあの世に近づいていますので(笑)、こういうものはもう手が出ない、もったいないと思うことも。一方で、あの世に行くのはまだ早い、こちらの世に戻ってきて厳しいなかでも最後まで舞台をつとめさせていただかないといけないと、自分にそう言い聞かせているんです。

          (インタビュー&文:閑)

※この取材は2023年7月29日、兵庫県西宮市の白鷹禄水苑での「烏帽子折莩源氏 伏見の段」の上演に際して行われた。舞台の映像はLTRのYouTubeで公開中。

ダイジェストとノーカット版の2種類の映像あり。

共演された三味線の鶴澤津賀花(つるざわ・つがはな)さんのウェブサイト

公演「酒都で聴く女流義太夫の会」のウェブサイト

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