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とりあえず、愛される悪ノリにはワケがある

出光美術館で、描かれた障子に穴をあけそうなほど『四季日待図巻』眺め、島流からの帰還という稀有な人生に興味がわき、墓の裏側まで見に行ってしまった英一蝶の美術展に出かけてきた。

サントリー美術館
没後300年記念 英一蝶
風流才子、浮き世を写す

(展示替えあり。後半期に出かけた)

撮影は『舞楽図・唐獅子屏風図』の表面、
舞楽図のみOK。


まず心惹かれてしまうのは、英一蝶が描く市井の人々。なかでも、“悪ノリする人々”だ。

遥々やってきた仁王門の柱に、アキレス腱が千切れんばかりの背伸びで落書きする者(『仁王門柱図』)、目が見えぬ茶挽き坊主をくすぐって悪戯する者(『茶挽坊主悪戯図』)、宴席で鉄の釜を被り抜けなくなる僧侶(『徒然草 御室法師図』)。
おかしみに溢れた人が、手足の先まで表情があるかのようにいきいきと描かれている。

雑画帖第二十一図の、仏像の前でふざける『不動尊像に悪童図』には、とくにニヤニヤしてしまった。

小学生の夏休み……
仏壇の前でおりんをリンリン叩きまわし、
「生きてるかーい? 死んでるかーい?」
と騒ぐ従兄弟に、口だけ
「やめなよ」
と言いながら、しっかり従兄弟が叱られるくだりまでを見届けた……あの悪童な記憶が呼び起こされる(ニヤニヤ)。

悪戯する人を眺めるのは、なんだかんだ愉快だったりするのだ。

とはいえ、一蝶が描く悪戯は、寺社への落書きをはじめ、悪戯の対象とその度合いが、今ならSNSなどでなかなかに炎上しそうな具合だ……。
(なんだかハッキリしない理由で島流しにされてしまったのもこの悪ノリ感が影響している気がしてならない)。

でも、そのわりに不思議なほどイヤな感じがしない。悪ノリなのに不快感がないのは何故なのか……

その理由は、一蝶が残した俳句なども併せて見ていくとよくわかる気がする。

暁雲の名で松尾芭蕉とも交流があった一蝶。芭蕉の高弟・宝井其角とともに、

たがかけのたがたがかけて帰るらん / 暁雲
身をうすのめとおもひきる世に / 其角

という、桶や樽の“たが”はめ職人、臼の目を刻みなおす職人の句を詠んでいる。
町に住む様々な人々の貧や身を削る生活を、自分たちにも差し迫ったものと感じていたのだろうと、展示室や図録中でも解説があった。
江戸の町で名が売れはじめていても、日雇いの職人たちと変わらない目線に立っている。

この町の人に対するフラットな目線に加えて、漢詩や古典文学に精通していること、画業において狩野派に根を置いていることも理由のひとつなのではないかと思っている。
ベースに知性や伝統があることで、面白がる対象がただの笑い者にならない。

ひるがほの宿冷飯の白くなん咲ける
『武蔵曲(むさしぶり)』望月千春編

この句は、『源氏物語』の「夕顔」をもとにしているそうなのだが、夕顔の君と、その白い美しい花が連想されることで、庶民的な宿の“色気より食い気”を、優雅に笑い飛ばせる。


展示室には、一蝶の俳句が収められた句集の展示もある。
が、すぐ読み解ける感じではない。図録を参考にするとよさそうだ。

見にいく前に一蝶にまつわる資料を探していたが、思うようにまとまったものを見つけられずにいた。図録の中に俳句も随筆も収録されている。ありがたやー。
図録とともに、わが家の『徒然草』や『荘子』
を読み返す。一蝶の随筆『朝清水記』を
読むのにも、役立った。

古典モチーフは他の作品にも随所に見られて、『徒然草』や『荘子』の一節を画題しているものがたくさんあった(『オトナの一休さん』を思い出させるような『一休和尚酔臥図』も。店の前で丁稚さんの表情が……ニヤニヤ)。

つい悪ノリ話を長引かせてしまったが、他にも好き……というか、人で賑わう展示室で“悪童がえり”しそうなほどテンションが上がった作品にだけは触れておきたい。

まずは、七福神の布袋さんがいつも担いでいる袋。あの袋に布袋さん自身がすっぽり包まれ微笑む『雑画帖第十九図 布袋図』。
かっ、かわいい、かわいすぎるっ!
「今すぐグッズにしてくださいっ!!」
と、ギャラリーショップに駆け込み、愛を叫びそうになった。

美しさに心奪われたのは『小督局隠棲図』だ。山奥の侘しい庵で頬杖をつく小督局(こごうのつぼね)の様子がとても趣きがあり、しみじみしみじみ眺めていたら……ガラスにぶつかりそうになり、そーとーあわてた。

『鍾馗図』と『不動図』も固定概念を覆された。どちらも“怖かっこいい”を売りにしていると思っていたのだが、鍾馗さまが捕まえている鬼は、目がクリッとしてかわいいし(屏風の唐獅子と顔が似ている)、不動明王は滝行するのにトレードマークの炎をかたわらに避難させてるし、ニヤニヤしてしまった。


あれ? なんだか最後にまたニヤニヤした話に戻ってしまった……

とりあえず、『布晒舞図』のような流麗な作品、市井の人々のユーモア溢れる姿が描かれた作品と、さまざまな一蝶作品が見られる。
ニヤニヤしたいなら、ぜひ!



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